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(2026年6月16日からの閲覧回数)
【備忘録】
☆前川喜平氏の故・河野洋平さんについての発言(文字起こし)
(2026年6月12日、ユーチューブ「デモクラシータイムス」
—<変わらぬ高市の面の皮> 平野貞夫×佐高信×前川喜平 【3ジジ放談】」から)
【リンク先】https://www.youtube.com/watch?v=aJ8Twh9tEYY

…(河野洋平さんについては)直接、謦咳に接したことはないですね。やはり教育行政には大きく影響を与えたのは、河野談話ですね。あの河野談話が1993年ですわね。あの河野談話というのは、いわゆる従軍慰安婦問題について、日本の政府・官憲の責任を認めて、総じて意思に反するものだったと、女性たちの尊厳を傷つけたと、反省とお詫びと、そして最後の方で、このことを歴史教育を通じて長く記憶にとどめる、ということが書いてあるわけです。
それがあったので、一斉に中学校や高校の歴史教科書に従軍慰安婦が載るようになったわけですね。で、それが初めて使われ始めた年度というのが、1997年なんですけども、そのときにそれに反発した人たちがいてね、それこそ清和会が多いですけど。あのお、いまでも残っている自民党の中のグループで、日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会というのができたんです。それが1997年です。
その初代の会長というのが、もう亡くなった中川昭一さん、そのときの事務局長が安倍晋三さんだったのです。そこにいま国旗損壊罪だとか、あの男系男子とかいっている人たちが、集まっていたわけで、あのう、いまは中心人物といえば、おそらく、萩生田さんあたりかなと思いますけど。いまは若手議員の会の若手という二文字はとれているわけです。当時は、若手の40代の人たちが集まって、河野談話反対と、従軍慰安婦を学校で教えるなとやっていたわけですね。そのあたりからグーと教育行政も教育政策も右傾化していくんですよ。そういう右傾化と、あとはもう一つ、新自由主義的な競争万能の弱肉強食という、こういう風潮がずっと続いていく。だからまあ、ちょうど30年ぐらい前からですね、そういうことが起きている。今度の佐高さんの読書日記には、そのあたりから書いておられる。まあ、貴重な資料になるんじゃないかと思っているですけどね。