◎制服向上委員会インタビュー

 私たちは19日、東京都渋谷区のライブ・ハウスで、女子アイドル・グループ「制服向上委員会」のメンバー3人にインタビューをしました。彼女たちを招いて、2012年3月11日に国立市内で行うコンサートの実行委員会結成に向けた取り組みの一環です。その内容を紹介します。
 (経済ジャーナリスト・今田真人=2011年11月19日記)

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〈メンバー紹介〉


【写真右】橋本美香(はしもと・みか)さん(31)=シンガー・ソングライター。制服向上委員会の会長。1980年2月7日生まれ。15歳のとき、制服向上委員会のメンバーとしてデビュー。グループ作品で多数のリード・ボーカルを務め、作詞作曲やディレクション(演出)も行う。1998年より制服向上委員会5代目リーダーに就任し、4年間にわたり、リーダーを務め、2002年に会長に。現在はソロ活動を中心に後輩の指導も行う。2011年3月1日にセカンドCDアルバム『グレイトフル・デッドを聴きながら』をリリース。『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』のカップリング曲『原発さえなければ』を歌い、メッセージを届けている。
【写真中央】小川杏奈(おがわ・あんな)さん(17)=制服向上委員会9代目リーダー。1994年4月15日生まれ。高校2年生。
【写真左】香取優花(かとり・ゆうか)さん(15)=制服向上委員会メンバー。1995年12月4日生まれ。高校1年生。

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(インタビュー本記=以下、ICレコーダーの録音から再生=)

――「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」を今年6月8日に初披露してから、約半年になります。この歌を歌って一番よかったと思っていることや、この歌についてのそれぞれの思いなどを、お一人、お一人から、聞かせてください。

〈小川〉私はこのグループに入って、今回、脱・原発の歌を歌うことになって、いろんな社会問題とかも気にして考えるようになりました。
 今回の原発事故は、学校とかだと、結構、何も考えてない人が多くて。
 でも、実際に福島の酪農家の長谷川さんの話を聞いたりとか、本を読んだりとか、自分からも、いろいろ勉強しようと思って、原発について考えて、この歌を歌うようになりました。
 でも同世代の人たちは、たぶん大きな問題だと思っていない人も多いと思うので、同じ世代として、歌で訴えていけたらいいかな、と思います。
――あの、いつメンバーになられましたか、オーディション(歌手に起用する際に行う会社側の審査)を受けて入るんですか。
〈小川〉小学校6年生です。
――ヘえー、小学校6年生ですか。そのときに、オーディションを受けたんですか。
〈小川〉はい。
――じゃ、お母さんとか、お父さんに連れてきてもらったんですか。
〈小川〉そうですね、お母さんといっしょに来ました。
――理解があるお母さんですね。
〈小川〉うふふっ。
――それで合格というんですか、どういうんですか。
〈橋本〉合格です。
――受験勉強と同じだね。(笑い)
〈小川〉はい。
――で、プロになってから、どのくらいのテンポで、レッスンとか、公演とかをするんですか。
〈小川〉ほとんど毎日、レッスンだったり、ライブだったり、活動があるので、学校がある日は、学校が終わってから、そのままレッスンに通います。
――大変じゃないですか。
〈小川〉そうですね、慣れるまでが、かなり大変で。
――それって、睡眠時間なんか削ったりするんですか。
〈小川〉そうですね。ずっと何もやっていなかったので、ちょうどエス・ケー・アイ(SKT)に入る前は…。
――エス・ケー・アイって何ですか?
〈小川〉制服向上委員会の略です。
――ああ、そうか。私は、あのロゴ(同グループのオフィシャルサイトに表示されているマーク)は、「好き」と読むのかな、と思っていたんですが。
〈小川〉うふふ。
〈橋本〉だいたい、みなさん、「好き」と思っていますね。
〈小川・橋本・香取〉ははは。うふふ。
――そうか、そうか。で、睡眠はどのくらい削るの?
〈小川〉ずっと習い事とかも、そのときはやっていなかったので…(あまり、削ってはいません)。結構、のんびりとしてたので、早く寝ていました。(夜)9時とかにレッスンが終わって、それでおうちに帰るという生活リズムに慣れるのが大変でした。いまはもう、自分で調節できるんですけど、そのときは覚えることもあるし、宿題もあるし、帰るのも、そんなに近くないので。何やっていいんだろう、という感じ。
――そうだね、ふーん。思春期、まあ、いまでも思春期ですが、高校2年生ですよね。それで芸能活動にバーンと入って、大変ですよね。
〈小川〉はい。うふふ。
――で、いまは慣れた?
〈小川〉慣れました。
――学業と両立しているわけですね。高校を卒業すると、大学にも行かれるんですか。どうされるんですか。
〈小川〉うふふ。そうですね、悩んでいます。
――まわりの人は行くの?
〈小川〉行かない人のほうが(多い)。本当にクラスに一人いるかいないかぐらいなんです。
――あっ、そうなんですか。(所属のアイドルジャパンレコードの)社長さんなんかも「芸能人もやるけど、将来、アイドルを卒業しても、きちんと社会人としてやっていけるように」と言っているんだと、いわれていたからね。いろんな社会問題を考えるようになったと言われましたが、脱・原発の問題のほかでは、どんなことを勉強されていますか。
〈小川〉そうですね、最近だと地デジ(「地上デジタルテレビ放送」化の問題です。反地デジ化ということで、「TVにさようなら」という曲を歌っています。――ああ、(「TVにさようなら」とは)そういう意味なんですか。
〈小川〉はい。もともと使えるアナログテレビを、わざわざ使えなくしてまで、地デジ化する必要があるのかな、ということで訴えているんですけど。
――(今年7月24日に東北3県を除き、アナログ放送から移行した)地デジ化は、もう(移行)期限が過ぎちゃいましたね。確かに、それを期にテレビを見なくなった人も結構いますね、私も知ってますけど。ちょっと、ひどいですよね。とくに被災地(東北3県は2012年3月31日までアナログ放送を続けるとしていますが)なんかは、とくにそうですよね。
〈小川〉はい。

――それでは、香取さん。どうですか、半年間、(「ダッ!ダッ!脱原発の歌」を)歌ってみて。
〈香取〉はい。私もこういう制服向上委員会というグループに入らなかったら、絶対にこういう問題は、私の性格からしたら、考えないと思うんです。こうやって、まじめにデモとかにも参加して、真正面から向き合って、脱・原発という活動をしてきて、やっぱり、放射能が多い食べ物とか、そういうのをすごい意識するようになったので、学校でもお弁当を食べるときとかに、多いものを避けたりして、友だちにも「これはやめたほうがいいよ」といってアドバイスをしたりするので、すごい参考になります。
――高校1年生と言われたっけ、すごいね。
〈香取〉はい。うふふ。
――ちょっと、小川さんよりは年上かと思ったんですが。
〈香取〉身長が高いので…。
――ううん、落ち着いておられるので。
〈香取〉うふふ。
〈小川〉あのう、この方は、ただ、猫をかぶっているだけです。(笑い)
 普段は本当に、うるさいだけなんで。(笑い)
――ふーん、そうか。(学校の友だちに)アドバイスなんかをしたりするんですね。
〈香取〉そうですね、私が放射能の話なんかをすると、すごい食いついてきてくれて、なんかちゃんと考えてくれるんだなと思うので、これからも、やっていきたいなと思います。
――高校は、男女共学なんでしょう?
〈香取〉そうですね。
――じゃ、男の子にも話すのかな。
〈香取〉でも、まあ、そうですね。
――女の子中心かな?
〈香取〉うふふ、そうですね。(笑い)
――そういえば、結構、(制服向上委員会のことを高校生には)知られていますね。この前、国立市にある一橋大学の大学祭がありまして、その門前で、チラシをまいていたら、大学生はあまり関心がないようだけど、大学祭だから高校生も来ていて、「キャー、知っている」って、制服を着た女の子が話しかけてきてくれた。その子は「どうしたらアイドルになれるの」とかね。(笑い)
 結構、制服向上委員会というのは、高校生の中では有名なのかな。女の子に人気があるのかな。男の子かなあ、と思ったら意外と…。わざわざ近寄ってきて「本当に国立に来るんですか」といってきた。若いお母さんを含め、声をかけてくれたのは、みんな若い女の人でした。ある高校の先生の間でも、話す機会があったのですが、「知っている?」と聞いたら、20代の女性の先生は知っていました。
〈香取・小川・橋本〉ふーん。
――関係者の話では、CDショップでもポスターも張らせてくれないし、(店頭の宣伝企画でも)歌うこともできないといいますね。結構、露骨ですよね。
〈橋本〉わかりやすいですね。
――うん、わかりやすい圧力ですね。(一同、笑い)
 小川さんでしたか、いっぺんブログに(脱・原発の思いを)書いて、いろいろ、たたかれたんでしょう。
〈橋本〉あっ、私です。ツイッターです。(笑い)
――あっ、そうでしたか。(原発推進派の大企業を背景とした)あんな圧力、私もジャーナリストとして、おおいに告発していきたいと思っています。
 で、(話を戻しますが)香取さん、もっと言いたいことがあるんではないですか。いろいろデモなんかにも参加して、考えるようになったということですから。
〈香取〉小川杏奈さんが中1のとき、私は小学6年生でしたが(制服向上委員会に)入りました。いまもたくさん、後輩が入ってきているのですが、これからも、たくさん入ってくると思うので、(小川)杏奈さんといっしょに、がんばって支えられるように、責任感を持ってがんばりたいなと思っています。
――あれだよ、いまでこそ、たたかれるけど、歌はすばらしいわけだし。そういう点でね、いったん実力が認められれば…(乗り越えられると思います)。(原発反対を訴えた)ロック歌手の故・忌野清志郎(いまわの・きよしろう)さんや、歌手の加藤登紀子さんだって、そうでしょう。反戦などの歌を歌っていても、テレビやマスコミが注目するようになる。応援する人はいっぱいいます。あとは歌の実力。圧倒的に(国民の多くは)脱・原発を願っているんですから。しかし、利害関係のある大企業は、それは徹底して圧力をかけますよね、東電も含めて。そういうものだから、そこは安心してね、一時的なものだし。あなたがたの歌は、私もユー・チューブで視聴していますが、どんどんうまくなってきていますよ、踊りもね。(笑い)
 (ユー・チューブには)「ダッ!ダッ!脱・原発」の歌でも、いろいろなシーンがありますよね、デモで歌ったりしているのもあるし。ずーと視聴していてね、一番うまいのは、やはり明治公園の5万人集会(9月19日の「さようなら原発5万人集会」のこと)で歌ったときので、あれは、すばらしいですよ。心がこもっていたし、あれだけ、たくさんの人の前で歌って、踊りも迫力があり、そろっていたし、歌声も伸びていたよね。来年(2012年)の3月11日、(福島第1発事故の)1周年に、国立市民芸術小ホールという300人の席のあるところで歌ってもらうという(事務所との)契約を、きょう、しました。だんだん、うまくなって、来年3月11日には、もっとうまくなっていると期待しています。
〈香取〉うふふ。
――その歌声をぜひ、聞かせてもらいたいと思います。では、最後に橋本さん、どうですか。

〈橋本〉私は、「原発さえなければ」を歌っています。たまたま、見ていたブログで、酪農家の方が原発事故のあとに、ご自身が経験したこととか、思ったことを、いろんなところで講演しているっていう情報を見つけたんです。福島県飯舘村の酪農家の長谷川健一さんという方なんです。私たちは、8月に日比谷野外音楽堂で、コンサートをする予定だったんですけど、原発事故をテーマにしようという話になっていたんですね。それで、長谷川さんにきてもらおうとみんなに提案して、連絡がとることができて、実際、こちらに来ていただいたんです。「原発さえなければ」の歌ですが、ちょうど「原発さえなければ」という言葉を残されて、みずからの命を絶たれたかたも、長谷川さんの友人だったんです。ライブの朝の顔合わせのときに、そのことを知りまして。事前にCDを送っていたんですけど、「CD、着きました。(自殺した人は)友人だったんです」って。「自分たちの思いというのが、『原発さえなければ』という歌には、すべて詰まっているから、ほんとに、こういう歌をつくってくれて、ありがとう。亡くなった友だちも、天国で、この歌を聞いて笑ってくれていると思う」って、おっしゃったんですね。私は歌を通して、その思いというのを、多くの人に伝えていけたらいいなと思っているんですね。この「原発さえなければ」は、けっして、がんばろうとか、励ますとかいうものではないんですけど、やっぱり被害に会われている方たちの思いに寄り添った歌だと思っているんです。そういう悲しさとか、憎しみとか、怒りとか、そういったものが詰まっていると思うんです。それを歌うことによって、無関心な方が少しでも興味を持ってくださったり。それはそれは、音楽の力で、何か伝えていけるんじゃないかと思っています。そのメッセージという部分を大切にして、歌っていきたいと思っているんですね。もともと私は、原発問題に関心があったわけでなくて、制服向上委員会に15歳で入っているんですけど、ベトナムに行って、ベトナムの枯葉剤被害を学んできたり、「WORLD PEACE NOW」(2002年秋にブッシュ政権のイラク攻撃に反対する市民団体らが集まってつくったネットワーク)で戦争反対を歌ったり・・・。
――それは、イラク戦争のときですか?
〈橋本〉そうです。大きい集会に出たりとか、いじめ追放のデモ行進に行ったり、グループでの活動を通して、いろいろと学んできたんですけども、そういう自分で考えるということを、このグループで学んで、いま自分として、グループの活動とは別に、興味を持っている社会問題とかも、あったりするんで、そういうことを自分自身で、メッセージで伝えていきたいなと、思っています。
――いまは、ほとんどソロでやっているんですか。
〈橋本〉基本的には、こういう取材とかはメンバーといっしょだったり、制服向上委員会の定期ライブには出たりとかしているんですけども。
――あれ、(ライブは)月一遍やっているんですか?
〈橋本〉はい。だいたい(月に)2日間とか、毎月やっています。なので、制服向上委員会の、そういう社会メッセージソングがいっぱいあるので、それを通して訴えていけるものはいっぱいあるんじゃないかと思っています。
――さきほど、(事務所の人から)1000を超えるレパートリーのメニューを見せていただきましたが、すごいですね。あれは全部、CDになってるわけじゃないんですか。
〈橋本〉ないです。カバー曲(オリジナルの歌手とは別の歌手が歌う曲)がいっぱいあるんです。カバー曲はほとんどCDにしてないんで。
――そうですか。そういうのが聞けるわけですか、定期コンサートでは。
〈橋本〉そうですね。ライブでしか聞けない曲もいっぱいあります。
――それは聞いてみたいですね。
〈橋本〉ぜひ。うふふ。
――わかりました。今度の3・11、事故が起こった1周年に、私たちは、会場を借りて有名人を呼ぼうと、いろいろと考えていたんだけど、私も9・19の「(さようなら原発)5万人集会」に参加して、3つコースのパレードがありましたけど、それぞれ写真取材をしていて、最後のコースのパレードに行こうと明治公園に戻ったら、(中央舞台で制服向上委員会が)歌っておられたんです。どっかの学校の文化活動の1つかなと思って、カメラを構えながら近づいたら、もう終わるところだったのです。それで、シャッターをパシャパシャと押して、それを(私の)ホームページに載せているんですけど、2枚ぐらい、ようやく撮っただけです。それでみんなが「アンコール」「アンコール」とやっているでしょう。じゃ、もう1回、やってくれるのかなと思って、一番前の方に行ってカメラを構えたんですけど、それでおしまいになりました。ああ、しまったと思ってね。(笑い)
 これは、どっかの先生が指導している高校生の生徒活動だと思っていました。平和ゼミとか、いろいろ高校生の活動があるから。あとで、主催団体に電話して「あの歌っていた高校生を、国立に呼びたいんだけど、どういう人たちですか」と聞いたら、「あなた知らないんですか」という話になってね。(笑い)
 「あれはプロの人たちですよ。制服向上委員会といって、その筋では非常に有名なんですよ。ホームページもあるから、そこに連絡したらいい。ただ、政治的な歌を歌っているので、テレビにも出してもらえないし、(俳優の)山本太郎さんと似たような感じなんですよ」と教えてもらったわけです。(笑い)
 それなら、なおさらのこと、これは、呼ばないといけないと思い、国立市の私たちの仲間でコンサートを企画したわけです。そのコンサートで、ぜひ、練習の成果を反映してほしいと考えています。
〈橋本・小川・香取〉はい。
――青年を中心に、脱・原発という一致点で実行委員会をつくり、運動を盛り上げ、コンサートを成功させたいと思っています。これからも、よろしくお願いします。応援しています。
〈橋本・小川・香取〉はい。ありがとうございます。


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