アクセスカウンター

(2017年1月11日からカウント)


新著『緊急出版・吉田証言は生きている』の感想・書評の紹介
           フリージャーナリスト、今田真人


①前田朗・東京造形大学教授(氏のブログで)

Tuesday, April 14, 2015
どちらが捏造なのか――「慰安婦」問題をめぐる報道・研究の検証

今田真人『緊急出版吉田証言は生きている  慰安婦狩りを命がけで告発!初公開の赤旗インタビュー』(共栄書房)
昨年、朝日新聞や赤旗が「吉田証言は虚偽だから記事を取り消した」のに対して、著者は1993年10月の吉田清治氏へのインタヴュー全文を公開し、解説を加える。吉田証言の一部を切り取って、その証言価値を否定する詐欺的手法を批判し、吉田証言全体を読めば、証言は虚偽とは言えず、むしろ多くのことを教えてくれることが分かるという。著者は当時、赤旗記者として吉田氏に取材した。その取材資料の中にあったワープロ用のフロッピーを保存していて、本書第1章に全文を収録している。
[目次]
第1章 吉田清治氏のインタビューの記録
第2章 〈資料解説〉吉田証言は本当に虚偽なのか
  ──初公開の赤旗インタビューで浮かび上がった新事実
第3章 朝日と赤旗の「検証記事」の検証
第4章 秦郁彦『慰安婦と戦場の性』の検証
******************************
93年10月4日のインタヴューでは、「慰安婦狩り」の実態について、国家犯罪と言う点について、労務報告会とは何か、済州島の現地訪問について質問している。93年10月18日のインタヴューでは、産経新聞の攻撃への反論について、イヤガラセの卑劣な具体的内容、戦後直後の証拠焼却、かかわった慰安婦の数、著書に書いた年月日について、フィクションの所はどこか、吉田氏の本名などについて、質問している。
第2章では、インタヴュー時の時代状況を説明したうえで、吉田証言で言及されている事実を分析し、「裏付け得られず虚偽と判断」という認識論は大きな誤りと述べる。また、民間業者が戦争末期の朝鮮で慰安婦狩りをすることはできず、国家的行為でないとできなかったと言う吉田証言の合理性を指摘する。その他数々の論点を取り上げて、虚偽や捏造と言う非難に根拠がないことを明らかにしている。
第3章では、吉田証言を取り消した朝日新聞と赤旗の「検証記事」を検証している。
第4章では、吉田証言を虚偽とし、吉田氏を「詐話師」と非難した秦郁彦『慰安婦と戦場の性』を検証している。秦の手法は「自分を棚に上げ、相手の人格を貶める手法」、「ウソをつきながら、相手を『ウソつき』と断定する手法」、「裏どり証言がないだけで、証言を「ウソ」と断定する手法」、「電話取材での言質を証拠に、『ウソつき』と断定する手法」、「白を黒と言いくるめるための、引用改ざんの手法」と特徴づけている。さらに、「何人もの研究者が秦氏の著作のデタラメさを指摘」とし、3人の研究者(前田朗、南雲和夫、林博史)が秦郁彦の論著を批判していることを紹介し、秦を徹底批判している。
私の名前が出てくるのは、秦郁彦が、私が作成した図を無断引用したことを、私が批判した文章である。1999年から2000年にかけて、私は3つの文章を公表した。そのうち『マスコミ市民』と『季刊戦争責任研究』の論文が紹介されている。私はもう一つ、『Let’s』にも秦批判を書いている。秦郁彦の歴史学とは盗用、捏造、憶測の歴史学だ、と言うのが私の結論であった。これに対して秦は、弁解にならない弁解を並べた挙句、もう歳だから、などと述べていた。アホらしいのと、それ以上やると「個人攻撃」となりかねないこともあって、私はそれ以上の追撃はしなかった。そのままになっていた文章を、著者が思い出させてくれた。
吉田証言をどう見るかは、なかなか難しい問題であるが、吉田証言を批判した秦郁彦こそ憶測や捏造の歴史学者の疑いがあり、きちんと検証する必要があるのは間違いない。
秦だけではない。『週刊金曜日』1035号には、吉方べき「『朝日』捏造説は捏造だった」という重要論文を掲載している。わずか2頁だが、事実調査に基づく重要論文である。著者は「朝日新聞や日本の弁護士が騒ぎ始める前は、韓国では『従軍慰安婦』問題など出ていなかった」という渡辺昇一(渡部昇一の誤り)等が広めた話こそが捏造であることを明らかにしている。著者は11950年代から90年代の韓国メディアを調査し、50年代以後様々な時期に様々な形で韓国メディアが報道していたことを論証している。

秦郁彦、渡部昇一をはじめとする歴史修正主義者が、憶測や捏造を繰り返してきたのではないか。きちんと検証する必要がある。


②mitsuko osakabeさん
(osakabeさんのツイートで)

(15年4月19日)
@masatoimada2腑に落ちなかった1%まですべて解決しました。感謝!
17日、駅構内の本屋でなんと数冊。「金曜日」まで置いてあり、その他硬質な単行本も幾つか。同時に買ったった抵抗の拠点からー朝日新聞「慰安婦報道」の核心はまだ読んでいません。書店の姿勢を褒めておきました。

(15年4月19日)
勇気を振り絞って証言された故吉田清治氏と元赤旗記者・今田真人氏にこそ、感謝です。同性として、戦死下、男の暴力の犠牲となった数多の女性たちに、かろうじて、顔向けできるようにしてくれたのがこのお二人。真実は封印できるものではありません。

(15年4月19日)
@ABLAZEandSHN @GlamGOBErt 加害者の証言ー吉田清治氏の証言ですべてが分かります。ちなみに、4月に緊急出版された「吉田証言は生きている」は、赤旗記者時代に当の吉田清治氏にインタビュー取材をした今田真人氏の検証本。朝日・赤旗がウヨクに侵食される様がリアル。会話を表示



③知人の男性、Yさん(塾講師)
「本の読み方を教えてくれる本…」


(15年5月15日)
(知人への出版案内のハガキを見て「一気に読みました。あまりの衝撃で、少し興奮している」との電話があった翌日あたりに来た手紙で)
 「前略。5月15日の電話での話では今田さんの本では知り得なかった話が沢山聞けて楽しかったです。
 この本は、本の読み方を教えてくれる本でもありました。慰安婦関係については、あった派、なかった派どちらも多くの本を読んで来ましたが、あっちの方への傾いていたと、当然慰安婦はいたが吉田氏の言うようなやり方が本当にあったのかは懐疑的でしたが、この本の今田さんの検証の方法は〝目からウロコ"的なものでした。…
 もう一度これまでの本を読み返してみるつもりです。
 この本の出版で様々なことがあると思いますが、くれぐれもご自愛ください。
 第二弾、第三弾の本を切望しています。
 電話で話した「野坂参三」関係の雑誌のコピー在中します。
 (『新潮45』15年4月号の山本武利リポート「野坂参三の『延安妻』――毛沢東が用意した〝秘書"――戦時下の延安で毛沢東の下、日本人捕虜の『教育』に励んだ野坂。毀誉褒貶いまだ定まらぬ野坂を支えた一人の中国人女性がいた」)
 戦後70年、まだまだ知られていない資料の発掘があることを望んでいます。とりあえず一報まで
 今田様     2015・5・15」


④『マスコミ市民』15年5月号の書評
前田朗(東京造形大学教授)の「連載●拡散する精神/萎縮する表現(50)・どちらが捏造なのか――吉田証言をめぐる報道の検証」





⑤赤旗記者OBのMさん
「説得力ある。党中央は下手な対応をするな」


(15年4月11日)
 (メールで感想を寄せてくれる)

 「一気に読みました!たいへん、おもしろかったし、説得有るものだと思います。これから波紋が広がると思います。党中央がどう対応してくるかわかりませんが、へたな対応をしてくれないことをのぞんでいます。」


⑥赤旗記者OBのHさん
「朝鮮問題を研究してきた者としてまったく違和感がない」


(15年5月29日)
 (連絡があったので都内でお会いして感想を聞く)
 「朝鮮問題を長年、取材・研究してきた者として、吉田清治氏のインタビュー記録は、済州島事件や在日の話など、まったく違和感がない。とても衝撃的な本だ。これまで朝日新聞を信じて、吉田氏は大噓つきだと思っていたが、それがまったくデタラメであったことに気づいた。そういう意味で、私は今田さんに謝らなければならない。これから、多くの知人にこの本を勧めていきたい」


⑦著者(今田)の叔父さん(80代)
「真正面から秦郁彦に反論している貴著に快哉を叫んだ」


(15年6月3日)
 (カンパ同封の手紙から)
 「…インターネットからの産経経営者の鹿内の絶版になっている主計将校時代の回想発言や中曽根の発言等、(知人から)送って貰い、軍関与の慰安婦に関する数々の検証があるにも拘わらず、朝日が吉田証言に関し謝罪したとの報道がまかり通っていることに怒っていました。真正面から秦郁彦に反論している貴著に快哉を叫びました。カンパを同封します。 草々」

〈叔父の知人が叔父にコピーを送ったとみられるインターネット情報〉
産経新聞総帥・鹿内信隆が語っていた日本軍の慰安所作り
中曽根元首相が「土人女を集め慰安所開設」! 防衛省に戦時記録が



アマゾン通販カスタマーレビューへの投稿者の「イエスちゃん!」
「朝鮮総督府長官は軍人の大将。当地の<警察力を>総動員して女狩りであった!全ての日本人に読んでもらいたい!安倍晋三首相にも」


(15年6月14日)

(投稿者 
イエスちゃん!
 「『南京虐殺と戦争』 1988/3 曽根 一夫 (著) 。これは南京大虐殺が中心だが、そこでは・・・『慰安婦にされた朝鮮半島の女性』の章で、詳細に述べている。曽根氏は、戦後2,3年に、自分の<元・中隊長に>会うことができ、根掘り葉掘り訊ねた。彼は、中国戦線から日本に戻って来てからの、戦争中後期に、陸軍の恤(じゅつ)兵部に勤務。それには、慰安婦の業務担当も含まれていて、内容は女衒の仕事と同じようだった。
 以下は、<元・中隊長>から、聞き出した証言。
 朝鮮総督府長官は軍人の大将。当地の<警察力を>総動員して女狩りであった。住民リストで、徹底的に調べて、強制動員した。だから、慰安婦は、朝鮮女性70~80%と非常に多く、他方、内地女性は20~30%。天皇陛下のためと美名で、『特殊看護婦』『愛国奉仕団』として騙して連れてきた。もしも拒否して、指名した女性が、逃避、自殺すると、親が責任を問われたから、従うしかなかった。こうして徴集したから、短期間に何万人もの女性を集めることができた。
 上記の証言の内容と、今回の本『 緊急出版 吉田証言は生きている 慰安婦狩りを命がけで告発!』は、正に、<同じ事実を>お互いに、証拠立ている。是非、日本国民の全ての人に知って貰いたい。」


JCASTニュースのコメント欄で、rekisisukiさん
「吉田清治問題の核心は今田真人の本に全て網羅されている」


(15年5月2日~)
(rekisisukiさんの複数回のコメントから引用)
※以下に紹介するrekisisukiさんのコメントは、ネトウヨとの激しい論争での発言の一部だ。上記の「コメント欄」からリンクして、そのやり取りの全部を読んでほしい。詭弁だらけで説得力がないネトウヨのコメントに対して、1つ1つ、ていねいに論破しているrekisisukiさんの主張の的確さを浮き彫りにしている。

 「先月出たばかりの今田真人『吉田証言は生きている』の反論書も面白い。」(5月2日)
 「今田真人『吉田証言は生きている』2015年4月10日。これは今田真人が吉田清治にインタビューした記録である。1993年10月4日及び10月18日は直接会って聞いた記録。93年12月25日は電話インタビュー。朝日のトタン屋根検証はジョークとしても(笑)、秦郁彦及び週刊新潮記者らは今田に対して『明確に』反駁しなければならない。秦らが攻撃した内容について吉田清治は今田に対して『的確に』答えている。そもそも新潮の吉田批判記事など信憑性がない。記事を読んだ人間であれば誰でも解る事だ。秦の済州島調査は中学生でもわかる5人の老人との茶飲み話に過ぎない。」(5月3日)
 「今田真人が『吉田証言は生きている』の中で秦の済州島調査や済民新聞の許栄善記事についても批判しているが、僕が3年前に書いた事と変わらない。つまり、文章を読みなれた人間なら簡単に気付く程度の問題。吉田清治問題の核心は今田真人の本に全て網羅されている。妻の日記、労報問題、経歴、済州島問題etc『性と侵略』の元兵士の証言にも出て来るが公言した人間は生命を狙われた。吉田清治も同じ。」(5月4日)
 「昨年末頃から朝日検証批判と他紙新聞・メディアによるバッシングに対する反論が続々と発表されている。想像通り・・・今田真人の『吉田証言は生きている』もその一つ。山口県知事宛て動員命令文書について秦らは何の説明もしていない。軍の動員計画書自体が焼却され殆ど残っていない状況で何を根拠に批判しているのかさっぱり解らない。西岡力は『よくわかる慰安婦問題』で済州島から多数の慰安婦が出ている事を書いている。彼の論法が理解出来ないんだよね(笑)上杉聰は吉見義明と吉田清治にインタビューした際のテープを元に反論しているし、植村隆も反駁している。今回の検証騒動には永田町が大きく絡んでいるのだろう・・・」(5月6日)
 「だから君たちネトウヨは阿呆だと言ってるんだよ。植村隆(元朝日記者)は集会で、上杉聡は季刊責任追求という雑誌上で、今田真人は本まで出した。他のメディアでも批判者が続出している。朝日は永田町の投げた網に引っかかったんだよ。」(5月8日)
 「秦郁彦の済州島調査について。『慰安婦と戦場の性』より『私はこの貝ボタン工場のあった城山浦にも行ってみた。海人の研究家でもある康大元(慶大出身)の通訳により、老人クラブで四、五か所あった貝ボタン工場の元組合員など五人の老人と話しあって、男子の徴用はあったが慰安婦狩りはなかったらしいことを確認した』。五人の老人と話しあって・・・慰安婦狩りはなかった『らしい』という調査がまともな調査と考える中学生がいるだろうか?(笑)この五人が昭和17年~19年当時、どこにいたのかも一切書かれていない。金奉玉記事の『事実無根の部分もあった』という箇所も『事実でない事を発見した』と誤訳している。」(5月9日)


IWJブックレビュー【書籍紹介・書評コーナー】


(15年6月4日)
 「この本は、戦中の「従軍慰安婦狩り」の加害証言で有名な故・吉田清治氏が、1993年10月に「赤旗」の記者であった本書の著者・今田真人氏のインタビュー取材に答えた記録を収めています。吉田氏の証言は、朝日新聞をはじめの多くの日本のメディアが何度も大きく報道してきました。『ところが、2014年8月5、6日付の朝日新聞の検証記事以来、一転して評価が逆転し、世を挙げて、うそつきよばわりされている』と著者は指摘しています。その原因のひとつは、著者が『赤旗93年11月14日付に書いた記事に盛り込めなかった多くの新しい事実』を全部公開しなかったことにもあるように思えるとして、93年10月4日、18日、25日に行われた吉田氏のインタビュー記録全文を、同書の第1章に載せています。そして、第2章には、その取材資料の解説や分析を、第3章は『朝日と赤旗の「検証記事」、第4章は『秦郁彦「慰安婦と戦場の性」の検証』を掲載しています。最後に『いまは少数にみえる意見も、隠された真実が明らかになるにつれ、いつかは必ず多数になる。その突破口にこの本がなることを期待する』と結んでいます。」(記事には、人形が拙著を紹介しているかわいい写真がついている)


女性史研究者、米田佐代子さんのブログ(「米田佐代子の「森のやまばんば日記」


(15年6月28日)
…「ザ・インタビュー 『吉田証言は生きている』の著者に聞く取材の真相」というセミナーに参加しました。2時開始のところ、3時頃になってしまったので、主要なインタビューは済んでいたと思います。でもじつはそれから約2時間にわたってインタビューが続いたのと、本を買い、この問題を特集した『週刊金曜日』も買い、会場配布の資料ももらって、少しわかりました。

じつは、この吉田清治さん(故人)という人が1990年代に「自分は戦時中、<労務報国会下関支部動員部長>として慰安婦狩りを実行した」と証言、当時の新聞がいっせいにこれをとりあげたことに対し、証言に事実でない部分があるという批判が起こり、ついに昨年夏朝日新聞が「吉田証言報道を取り消す」と発表した“事件”を覚えているでしょうか。「吉田証言」自体への疑問はそれ以前からもあり、慰安婦問題の研究者たちもこれを全面的に証言として採用できないという態度を取っていたのですが、それにしても朝日新聞の「取り消し」と「謝罪」報道以来、政府与党をはじめ、読売・産経などの一部マスコミを含めての「朝日バッシング」にはすさまじいものがありました。それは朝日攻撃にとどまらず、「慰安婦の強制連行はなかった」「そもそも慰安婦問題はでっちあげ」という右派勢力の攻撃の材料に使われたのです。マスコミ一般の「堕落」というだけでなく「朝日新聞」という大新聞に何があったのか、当時わたしもいくつもの集会などに出てマスコミ関係者の話を聞きましたが、なかなか腑に落ちる話は聴けませんでした。吉田清治氏に対しても「大ウソつき」という非難がネットにあふれ、それが「慰安婦問題の誠実な解決を」と訴える運動を抹殺せんばかりの勢いになったことも知られている通りです。

わたしは吉田清治氏の最初の著書『朝鮮人慰安婦と日本人』(1977年 新人物往来社)を読みました。図書館にはおいてないので古書リストをみて買ったのです。もう1冊の『私の戦争犯罪』(1983)のほうは稀覯本らしく、高価で手が出ませんでした。読んで見て思ったのですが、そもそもこの証言が「ウソ八百」というのなら、なぜ吉田氏はここまで自らの「恥ずべき過去」をさらけ出して「慰安婦狩り」の証言をしたのか、ということでした。こんなことで「売名」するとは信じがたいです。しかし彼はすでに故人ですから聞くわけにいかない。はっきりしていることは、朝日新聞の「誤報」発言をめぐる動きが「朝日叩き」にとどまらず、マスコミ不信をあおることになり、数日前の自民党「若手勉強会」での「沖縄二紙はつぶせ」とか「広告を出させないように経団連にいうべき」などという「言論の自由圧殺」発言を生み出したこと、「慰安婦問題」の解決をまたまた遠く彼方に押しやる役割を果たしたことだと思います。そこでこの『吉田証言は生きている』という本に目が行きました。帯に「吉田清治氏の証言は虚偽ではない!」とあります。以上が、著者の元赤旗記者今田真人さんに、慰安婦問題に取り組んできた「バウラック」の西野瑠美子さんがインタビューするというかたちで開かれたこのセミナーに、わたしが喪服のまま遅刻参加した理由でした。以下、わたしが理解した範囲で走り書きします。

今田さんは、なぜこの本を「緊急出版」したか?

今田さんは、1993年にしんぶん赤旗記者(現在は退職)として吉田清治氏に直接インタビューしたひとです。その録音テープを全部書き起こした記録を彼は、退職後もずっと保管し続けてきました。テープ自体は劣化してしまったそうですが、「書き起こした記録」には「取材資料としての価値がある」と考えて今回全文を原形のまま出版することにしたのだそうです。そのきっかけは、93年にこのインタビューをもとに彼が赤旗に書いた記事が、朝日の記事取り消しがあった後同様に「吉田証言は事実ではなかった」という判断から取り消されたのですが、彼は「私には吉田証言がどうしても、ウソだと思えない」と感じ、インタビュー記録には「記事に盛り込めなかった多くの新しい事実がある」のに、それを全部公表しなかったことに責任を感じて、公表することにした、と書いています。なお、この本には当時新聞紙上に出た記事も資料として載っています。

朝日の「吉田証言」=虚偽とした根拠は薄弱であること

そのうえで、彼は朝日新聞が2014年8月5日の「特集」で吉田証言を「虚偽」とした理由を検討し、「証言を裏付ける資料をえられなかった」としている点に疑問を呈しています。ここはわたしが一番聞きたかったところでした。詳しくは同書を読んでいただくほかありませんが、歴史研究者の端くれとしてうなづけるものがありました。一つは「真偽が確認できない」証言のばあい、あるいは明らかに「事実と異なる証言」のばあい、それをそのまま「事実」として扱うことは出来ないことは自明ですが、それがすなわち「虚偽」だと断定していいか、という問題です。今田さんは、歴史家の吉見義明氏は吉田氏と会って話を聞き、「彼の回想には日時や場所を変えた場合もある」ので「証言として使えないと確認するしかなかった」と指摘、これが朝日の「虚偽」判断に引用されていることについて、吉見氏自身は吉田証言がぜんぶ「ウソ」だといったことはなく、むしろ1997年の時点では研究がずっとすすんでいて、「吉田証言によらなくて強制連行や強制使役があったことはあきらかになっている」として吉田証言の核心である「慰安婦の強制性」を認めているのだと論じます。吉見氏が「吉田氏の回想によれば」と書いた部分が朝日の検証記事では「強制連行したことは」と書き換ええられている事にも今田さんは疑義を呈しています。もう一つ、ではなぜ、吉田氏は事実と異なる証言をし、訂正を拒んだのか、それについても吉田氏が「労務報国会」の仲間たちが特定されるような記述は出来なかった」と言っていることも明らかにされています。

こう書いても「マユツバ」と思う人もいりかもしれないから、あとは本文を読んでください。ついでに言うと南京虐殺や慰安婦問題の事実を否定的にみる歴史家秦郁彦氏の吉田証言虚偽説が朝日新聞の有力根拠になっていることも批判されています。元赤旗記者だけあって、今田さんはしんぶん赤旗の記事取り消しに対しても「裏付け取材を十分せずに、御用学者と言われても仕方ない秦郁彦氏の所論や反共雑誌として知られている週刊新潮の記事をあげて取り消しを決めたのは問題」と指摘しています。

歴史の「事実」と「真実」のあいだ

この本が出なければ、吉田清治という人は「無責任な大ウソつき」の烙印のままだったかも知れません。それとともに「慰安婦問題はねつ造」という世論づくりにまで手を貸すような「誤報取り消し」に走った朝日新聞の責任は大きいと思います。木村社長が安倍首相と複数回会食していることや、2014年に朝日の検証記事が出て以後「木村社長が強引に書かせた」ことを疑わせるという記事が、いくつかのメディアに出るようになったことも今田さんは紹介しています。そうなると、朝日の検証自体が「慰安婦問題」の「真実」を覆い隠すことになったのではないかと疑いたくなります。

吉田清治氏が、なぜここまで自らの恥部をさらけ出して「慰安婦狩り」について語ったのか、なぜそのなかで「日時や場所を変えたり」という証言として不適切な操作をしたのか、今田さんはその理由を、自分のインタビュー記録から丹念に突きとめようとしています。吉見さんが吉田さんに事実と異なると批判されている部分について反論するように提案したが彼は応じなかった、と言っている部分についても、「戦中の権力機関の幹部」であり、さまざまな脅迫のもとで「命がけで証言してきた」82歳(当時)の吉田氏にもう少し配慮があってもよかったのではないか、と書いている部分には取材者としての心がまえがあるように思いました。

歴史の事実を知ることは何よりも重要です。同時に知り得た事実を通じて、わたしたちはどのような歴史の真実を掴み取ることができるか、今ためされているのは自分自身の歴史認識であることを痛感するセミナーでした。



☆ページトップに戻る

☆トップページに戻る