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(2016年7月19日からカウント)


〈沖田国賠訴訟(痴漢デッチあげ事件)の概要と解説〉

この冤罪事件は、1999年9月2日午後11時すぎ、当時57歳だった沖田光男さんが、東京都内のJR中央線の電車内で、大声で長時間、携帯電話をしている若い女性に対して、「携帯電話をやめなさい」と注意したのがきっかけです。
 そのとき、女性は「わかったわよ」とすぐ携帯電話を切ったといいます。ところが、女性は、注意されたのを逆恨みしたのか、10分後に国立駅で電車を降り、同駅南口前の交番に、沖田さんを「痴漢」として訴えたといいます。
 警察はこの「訴え」を受け、同じ駅で降りて帰宅しようと自宅に向かって歩いていた沖田さんを、同駅南口の近くで、いきなり「現行犯逮捕」しました。沖田さんはこのあと、警察官(刑事)や検察官(検事)に強権的な取り調べを受け、同月22日に「嫌疑不十分のため不起訴」となって釈放されるまで、21日間も、立川警察署の「留置場(代用監獄)」に勾留されました。

 沖田さんは2002年4月19日、「こんな理不尽なことは許せない」と、検察(国)や警察(東京都)、女性を相手取り、東京地裁八王子支部に損害賠償訴訟(国賠訴訟)を起こしました。 
 同訴訟では、東京地裁(1審)と東京高裁(2審)が、原告・沖田さんの訴えを「棄却」する判決を出しましたが、最高裁は2008年11月7日、それらの判決を「破棄」して、東京高裁に裁判のやり直しを命じる「差し戻し判決」を出しました。ところが、東京高裁は2009年11月26日、またもや沖田さんの訴えを退ける判決を出したため、沖田さんは現在、再び最高裁に「上告」して活動しています。
 2009年の東京高裁の判決は、「(沖田さんの)痴漢行為は認められない」としながら、「女性の虚偽申告も認められない」という矛盾した内容です。
 沖田さんは、これまでの裁判の審理の中で、女性との10センチ以上の身長差から、女性の「被害部位」に沖田さんの股間が届かないことなどを客観的に明らかにしましたが、1審、2審とも「痴漢行為があった」との不当な認定をしていました。2008年11月の最高裁の判決は、女性が携帯電話で話していた相手の男性の調べが尽くされていないとし、東京高裁に審理を差し戻しました。
 その東京高裁の差し戻し審では、女性の通話していた相手の男性の「証人尋問」が行われました。この中で、女性が通話しているとき、沖田さんに「離れてよ」と言ったと主張しているのに、この男性は「(そんな発言は電話の通話で)聞いていない」と証言するなど、痴漢行為がなかったことを浮き彫りにしています。
 
 また、1審の段階で、沖田さんが法廷に提出を要求していた事件記録について、東京地検が2002年10月2日、「保存期間が内規で3年間と定めているにもかかわらず、担当職員が1年と勘違いし、満期より1年半前(2001年6月末)に廃棄した」と記者発表しました。これは、「捜査記録を意図的に隠した」と思わせる異常で不自然な検察の行為です。
 この事件が、市民的モラル違反を注意されたことを逆恨みした女性による痴漢でっち上げというだけでなく、警察・検察による「謀略的な権力犯罪」ではないかと疑わせるものです。

 「痴漢被害」にあったと言う女性の供述や行動も、不自然・不合理な点が多くあります。女性が電車の中で、まわりのたくさんの乗客に助けも求めず、目撃証人としての協力も求めなかったことや、そのあと、沖田さんと離れて行動しながら、沖田さんの降車駅や住所を知らないのに、同じ国立駅に「偶然?」、降車したことも不可解な点です。女性が同駅南口前の交番にすぐに訴えたのとほぼ同時に、制服警官2人が同駅前を歩いていた沖田さんを「現行犯逮捕」し、同駅前に止まっていたパトカーに押し込んだという経過も、あまりに用意周到で、不自然です。この女性が警察関係者なら、「おとり捜査」としてありえますが、事件記録の「廃棄」などのため、女性の素性はまだ、明らかになっていません。

 ☆参考文献――『STOPチカン・エンザイ 沖田国賠訴訟たたかいの記録』(2008年7月31日、沖田国賠訴訟に勝利し警察・検察をただす会発行)

                                   (経済ジャーナリスト・今田真人=2011年9月16日記)



「つどい」で決意表明する沖田光男さん=2011年9月16日、東京都立川市

沖田光男さんのホームページへのリンク

冤罪関連の支援団体―日本国民救援会へのリンク

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