(2016年4月12日からカウント)
☆論評「産業空洞化の原因は内需不足にあるのか」
(2012年7月25日初稿、何回かの改定後の2013年9月21日に確定)
経済ジャーナリスト 今田真人
ここ数年の日本の産業空洞化の急速な進行に伴い、その原因について、たくさんの主張がされるようになりました。筆者の主張についての詳しい説明は、新著『円高と円安の経済学ーー産業空洞化の隠された原因』に譲ります。ここでは、たくさんの原因論の中で、とくに、「産業空洞化の原因は内需(国内の需要)不足にある」とする主張を取り上げます。
〈海外進出の最大の動機は利潤獲得〉
この主張は、大企業(独占資本)の海外進出といった国際的な資本の動きを、国内外の需要の強弱で説明しようというものです。
しかし、そもそも、そうした国際的な資本移動は、多国籍企業と言われるようになった大企業が、海外での利潤獲得を最大の動機として展開しているものです。
多国籍企業の国際的な資本移動の動機を、利潤獲得とは別の「内需不足」で説明しようというのは、その点からも無理があります。
内需が不足していようがいまいが、海外へ進出する方が利潤が大きいと判断されれば、大企業は躊躇(ちゅうちょ)なく、海外に出て、国内の産業を空洞化させて行くでしょう。
日本の大企業の利潤獲得第1の行動パターンは、日本国民はこれまでも、いやというほど知っているはずです。
確かに、日本国民の所得が減少しつづけ、内需が弱まっている現実はその通りで、それを何とかしたいという気持ちはわかります。
もっと賃金を上げ、社会保障を充実して内需を増やさなければ、国民生活はますます悪化するということも事実です。
しかし、因果関係でいえば、「内需が増えないから、大企業が海外に出ていって産業空洞化が進行する」のではありません。
「大企業が海外に出ていって産業空洞化が進行するから、内需が不足する」のです。
産業空洞化の主犯は日本の多国籍企業であって、内需の不足が主犯ではありません。原因と結果をさかさまにして、いくら内需拡大をさけんでも、産業空洞化は阻止できないでしょう。
問題は、大企業の海外進出を規制して産業空洞化を防ぐことであり、そうしてこそ、国内の自立的な拡大再生産を促進し、内需主導の経済成長を展望できるのです。
大企業の海外進出を規制することをせず、ただ賃上げや社会保障の充実を図ろうとしても、穴の開いたバケツに水を注ぐようなもので、内需は増えないでしょう。
例えば、多大な税金投入などで内需を一時的に増やしても、海外に進出した大企業は、海外で生産した商品を日本に逆輸入するでしょう。一時的に増えた内需は、この逆輸入した格安の商品をどんどん購入するでしょう。そういうことになれば、国内の労働者が生産した商品の販路はますますなくなり、国内での再生産が行き詰り、国内の労働者の職場そのものが奪われるということになりかねません。
大企業の海外進出と、それによる産業空洞化を防ぐには、内需拡大を直接支援する政策とともに、大企業の海外進出そのものに、正面から規制をかける政策をすぐに実行しなければなりません。
その方法は、個々の大企業の経営者に海外進出の中止を迫ったり、多国籍企業の「世界戦略」を変えよと財界に説教するのでは、あまり効果がありません。個々に競争関係にある大企業にとって、個別に海外進出を中止することは、競争に敗れ、経営難に陥ることになるからです。
民主的規制という形で、すべての大企業・多国籍企業に対して、法律などで強力な規制をかけていくことが重要です。
〈外国為替での民主的規制の重要性〉
それでは、大企業の海外進出に対する民主的規制の中身は、具体的には、どういうものでしょうか。
現代資本主義の下では、国際的な資本移動は、すべて外国為替という異種通貨の交換を通じて行われています。
例えば、日本の大企業が中国に進出する際、いくら中国に投資需要があるといっても、持っている円資金を人民元に換えることができなければ、海外へは一歩も資本進出することはできません。
そういう意味では、大企業の海外進出に具体的な規制をかける場合、異種通貨を交換する外国為替の仕組みを利用することが、決定的なカギとなりえます。
いまの外国為替市場で、異種通貨が、国内での両替のように同じ価値で交換されているなら、国際的な資本移動を規制する際に、外国為替問題を無視していいかもしれません。
しかし、実際の外国為替市場で、日本の大企業の資本=円資金が、同じ価値(等価交換)で外国の通貨と交換されているでしょうか。まったく、そうではありません。
例えば、もし、日本の大企業の資本100億円が、10分の1の10億円の価値(購買力平価換算)の人民元にしか交換できなければ、どんな大企業も、中国に進出しはしないでしょう。
いくら中国にその企業の商品の需要や、投資需要(利潤獲得ができる投資先)があっても、外国為替の段階で大損をしてまで大企業は海外投資をしません。
逆に、日本の円資金100億円が10倍の価値の1000億円の価値の人民元に交換できるなら、中国の需要が多少小さくても、資金力のある大企業は、どんどん中国に進出するでしょう。
後段の例のように、日本の円資金が10倍の価値の人民元に交換できるとすると、中国の労働力の値段は、日本の労働力に比べ、10分の1で済むという計算になります。その場合、中国への進出は、利潤獲得第一の大企業(製造業)の活動として当然の投資行動となります。
商品輸入をする大企業(大商社など)にとっても、中国に資本進出して、中国で商品を買い付ければ、日本での円資金が、中国では10倍の価値のある人民元資金になるのですから、これも、利潤獲得第一の大企業の活動として、どんどん中国に進出することになります。
ただし、商品輸入をする日本の大企業は、10倍の価値になった人民元資金で中国の商品を買ったとしても、現地の中国では売れません。
中国で買う商品(農産物など)は、中国の平均的な価格で仕入れなければならないからです。中国で買う商品が中国市場で不足していれば、平均価格以上で仕入れる必要も生まれます。結果として、日本企業は、いくら資金量があって大量に仕入れることができても、中国市場で中国企業より安く売ることはできません。
日本に輸入(逆輸入)してこそ、10倍の価値に膨らんだ資金で中国で買い付けた商品を、日本市場で10分の1の価格で売ることができるのです。
以上が、私の新著で詳しく分析している「為替レートと購買力平価の乖離」による大企業の海外進出の進行のメカニズムです。
そして、外国為替市場の現実では、ここで例示したような、円と人民元の10倍以上の「不等価交換」がされており、日本の大企業の中国への進出に極めて有利に働いています。これが、日本の大企業の中国への資本進出の最大の原因になっています。
したがって、この外国為替での民主的規制こそ、日本の大企業の海外進出と、それがもたらす産業空洞化を防ぐ最大の対策となります。
その対策の中身は、筆者の新著に詳しく解説しています。
いずれにしても、このあまりに大きい「通貨の不等価交換」という現実を見れば、「産業空洞化の原因は内需不足にある」とする主張がいかに的外れかが、おわかりいただけるのではないでしょうか。
〈共産党の志位委員長が主張〉
ところが、この「産業空洞化の原因は内需不足にある」とする主張を、最近では日本共産党の志位委員長までが言い始めるようになりました。
いわく、「日本の産業空洞化がどうして起こっているのか。…これも結局のところ内需不足が大きな原因なのです。国民のくらしが痛めつけられて、国内の需要がないから、投資も生まれない、新しい雇用も生まれない。結局、国内でお金の使い道がないから、海外にお金を持っていこうということで、空洞化が起こってくるわけです」(赤旗2010年10月25日付「円高、デフレ、経済危機をどう打開するかーー志位委員長BS番組で大いに語る」)
この主張の根拠として、志位委員長がよく使うのが、経済産業省の「海外事業活動基本調査」の中の「(海外事業への)投資決定のポイント」というアンケート調査です。このアンケートは、複数回答として1社で3つの項目まで選択できるとしています。
最も多い回答が「現地の製品需要が旺盛又は今後の需要が見込まれる」(2010年7月調査、以下同)で、68.1%となっています。
2番目が「良質で安価な労働力が確保できる」で、26.2%です。
志位委員長は、このアンケート調査を紹介して、「大企業製造業の70%が、『需要を求めていく』としています。これがダントツの第1位の理由です。つまり、需要のあるところに投資をするということです。ですから、何で国内に投資しないのかといえば、国内の需要が冷え込んでいるから、内需が冷え込んでいるからなんですよ。それで海外に投資し、空洞化が起こるんです」と主張します。(赤旗2010年7月1日付「内需主導の健全な日本経済の発展をーーBSイレブン『各党を直撃』志位委員長が語る」)
しかし、「現地の製品需要」とは、何でしょう。
例えば、裾野が広く会社数が多い日系部品メーカーにとっては、それは、中国に進出している日系自動車メーカーによる部品の「需要」ということになります。
まさか、トヨタ自動車の下請けが、中国に進出して、製造した部品をトヨタ自動車以外の中国企業に納品することはないでしょう。
いわゆる部品など、「生産財」を製造する企業にとって、「需要」とは、現地の国民の「消費財」の需要ではなく、企業が商品生産に使う設備・部品などの「生産財」の需要のことです。
そうして日系自動車メーカーが中国で組み立てた「完成品」は、大部分が日本や欧米などに輸出され、日本や欧米などの国民が購入(最終消費)しています。
つまり、部品製造業にとっては、その中国進出の理由である「現地の製品需要」とは、現地・進出先の完成品メーカーによる輸出を経て、最終的には日本や欧米などの国民の最終需要に行きつきます。中国が「世界の工場」と呼ばれているのは、このためです。
日本などの最終需要が本当の原因であるなら、海外へ進出する理由を「現地の需要」と断定したら、実態とは逆の話になります。
〈あいまいな言葉で進出先の旺盛な需要を演出〉
結局、このアンケート調査は、「現地の製品需要」というあいまいな言葉をあえて使い、それを現地(例えば、中国)の最終消費市場の需要(中国国民の内需)に思わせているといえます。
こうしたいかがわしい調査結果を使って、同調査の報告書は「現地の需要拡大等が見込まれることを投資の決定ポイントとする割合は、高くなっている」と断じるのですから、その乱暴で意図的な論法には、驚いてしまいます。
ところで、このアンケート調査では、「良質で安価な労働力が確保できる」という回答が、2番目に多いとしています。
もともと、「3つまでの複数回答」ですから、同じ企業が1番目の回答と2番目の回答の両方を選択しているかもしれません。1番目の回答と2番目の回答は対立するものではなく、同じ企業がどちらも「海外進出する理由」の1要素として考えることができるからです。
また、2番目の回答「良質で安価な労働力が確保できる」を選択せず、他の回答をした企業も、進出先の国で良質で安価な労働力を確保できることは、当然の前提になっているかもしれません。
結局、1番目の回答が、トリック的操作でどのようにでも解釈できる内容であるとすると、2番目の回答「良質で安価な労働力が確保できる」が、日本の多国籍企業の海外進出の最大の理由であるということになりそうです。
そして、日本の多国籍企業にとって、海外の労働コストを国内に比べて著しく低くしている仕組みが、「為替レートと購買力平価の乖離」なのです。
日本の多国籍企業に適用される企業会計(損益計算書)では、海外の労働コストはすべて、為替レート(市場レート)で円に換算されます。
為替レートで換算すると、中国の労働コスト(賃金)はここ10数年の間、日本の「30分の1」から「10分の1」という、極めて低い金額で推移してきました。(「円高と円安の経済学のページ」の「為替レート換算による日中の異常な賃金格差」を参照)
これは厳然たる事実です。
この「賃金格差」を示す棒グラフを、先入観を持たないでよく見てほしい。
日本の大企業にとって、これは客観的な事実であり、アンケートに対して、これを海外進出の理由にあげるかどうかといった、大企業の担当者の主観の問題ではありません。
志位委員長は「海外に出ていく理由として、(海外に比べて)日本の労働コストが高いとか…いうのは財界の作り事です」(赤旗2010年7月1日付)と、この「異常な賃金格差」を見ようとしていないようです。
しかし、客観的な事実をいくら隠そうとしても、隠しきれるものではありません。
〈購買力平価で計算した日本の労働コストは高くない〉
それはさておき、海外の「労働コスト」(経営者からみた労働者の賃金のこと)が為替レート換算で日本と比べて低いといっても、「日本の労働コスト」そのものは、購買力平価で計算すると、けっして高くありません。むしろ、低すぎるぐらいです。購買力平価こそ、内外の労働コストの実際の水準を比較できるモノサシです。
購買力平価で計算した日中の「労働コスト」の比較を示すことを軽視していると、「空洞化がいやなら中国並みに賃下げを」などと、大企業の経営者が日本の労働者に賃下げ・労働条件改悪を迫ることを許すことになります。
実際、日本経済団体連合会(経団連)は2012年1月、同年の春闘方針である『経営労働政策委員会報告2012年版』を発表し、そうした圧力をかけています。
同報告には「日本貿易振興機構(JETRO)の調査によると、日本の1人あたり賃金(製造業・エンジニア)は中国主要都市の7〜10倍程度の水準にある」(P6の下段の注記)という形で、為替レートで換算した日中の賃金比較を持ち出しています。そして、「わが国企業の人件費をはじめとする事業コストは競合する諸外国に比べて著しく高い」と、賃下げを労働者に迫っています。
ある大手製造業の現場労働者によると、中国の賃金水準を持ち出して賃下げを迫る発言は、工場の朝礼などで、経営者から耳にタコができるほど聞かされているといいます。
同様に、東京都大田区などの金属加工業者の間でも、元請けの大企業の担当者が、下請け中小零細業者に対して「単価を中国企業並みに下げなければ、取引を中止し、かわりに中国企業に発注するぞ」という常とう句を使っています。これが、有名な「チャイナ・プライス論」といわれるものです。
中小企業の現場で実際に言われているのは、「チャイナ・プライス」=中国価格であって、新聞報道などで国名をぼかしている「アジア・プライス」=アジア価格ではありません。アジアには、日本も入りますから、アジア価格では意味がわからなくなるからです。
ところで、筆者が新著で分析していることですが、本当の購買力平価を使って、日中の労働者の賃金や中小企業の製品単価を比較すると、その差はほとんどないことが浮かび上がります。
日中両方とも、劣悪で低い賃金水準であり製品単価なのです。低い水準同士が、足の引っ張り合いをしていることになります。
それが現実であり、そうした現実を広く知らせていけば、日中の労働者・中小企業・農民などの「共通の敵」、すなわち、横暴な日本の多国籍企業の姿が鮮明になります。そうしてこそ、日中の国民のたたかいの前進と国際連帯の展望が切り開かれます。
いずれにしろ、日中の労働者と中小企業、農民は、いつまでも、こんなトリックにだまされてはいないと筆者は信じています。かならず、この外国為替の一見難解な仕組みを科学的に分析する力を身に着けるでしょう。
(以上)