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(2016年4月12日からカウント)


☆論評「日本の物価下落をなぜ、デフレと呼んではいけないか」

 (2012年8月1日初稿、何回かの改定後の8月4日に確定)
           経済ジャーナリスト 今田真人

 2000年ごろから始まった日本の継続的な物価下落が、いまだに止まりません。〈注1〉
 そして、この物価下落の原因をめぐって、さまざまな主張がされています。なかでも、この物価下落を「デフレ(デフレーションの略、deflation)」と定義することが、流行のようになっています。
 しかし、この物価下落を「デフレ」と定義することは、いくつかの意味で、理論的な危険性を持っています。
 日本の現代史上の3回の「デフレ」現象の詳しい説明は、新著『円高と円安の経済学ーー産業空洞化の隠された原因』に譲ります。
 ここでは、現在の日本の物価下落をなぜ、「デフレ」と呼んではいけないのか、その理由をのべたいと思います。


 〈デフレは、通貨の増価による物価下落のこと〉

 「デフレ」とは、「インフレ(インフレーションの略、inflation)」の逆を意味する経済学上の用語です。
 「インフレ」は主に、国家(中央銀行を含む)による通貨(紙幣などの中央銀行券)の増発で起こります。
 通貨の増発は、通貨の減価(価値の減少)をもたらし、それが物価を上昇させます。
 「デフレ」は、この「インフレ」の反対で、国家による通貨の消却で起こります。
 通貨の消却は、通貨の増価(価値の増加)をもたらし、それが物価を下落させます。
 つまり、「デフレ」とは、通貨の増価による物価下落と定義されます。
 したがって、経済学上、通貨の増価による物価下落でなければ、「デフレ」とはいえません。
 そもそも、物価下落は、この通貨の増価によるもののほか、不況や恐慌時の需要不足・供給過剰や、技術革新による生産性向上など、さまざまな原因によって、発生します。
 ですから、現在の日本のような物価下落を「デフレ」と呼ぶためには、その原因が通貨価値の増加によるものでなければなりません。
 ところが、いま日本で流行しているデフレ論は、こうしたまじめな分析ではなく、逆に、定義のほうを勝手に変えて、「デフレ」をこう定義するから、「デフレ」であるとする、非科学的な論法になっています。
 いわく、「継続的な物価下落を、デフレと呼ぶ」、あるいは、「2年以上の継続的物価下落を、デフレと呼ぶ」、さらには、「継続的な物価下落を伴う不況を、デフレと呼ぶ」などです。
 物価下落の原因は、どうでもいいといわんばかりの乱暴な定義です。
 もし、3つ目の定義のように、「継続的な物価下落を伴う不況」(不況時はだいたい物価下落を伴う)をカタカナ英語で表わしたいのなら、「デプレッション(depression)」、あるいは「スタグネーション(stagnation)」が正確な英語訳でしょう。「デフレーション」では誤訳です。
 経済学上の定義は、経済現象を科学的に分析するためにこそ、意味があります。
 例えば、物価下落という経済現象を科学的に分析する場合、「通貨の増価」によるものか、「需要不足」によるものか、「その商品の生産性の上昇」によるものか、という具合に原因を探ります。
 「通貨の増価による物価下落」を「デフレ」と呼ぶというのは、そうした原因の分析を踏まえた定義ですから、科学的に意味があります。
 そうではなく、どういう原因によるものであろうと、「物価下落」を「デフレ」と呼ぶという定義の仕方は、表面的な経済現象を、カタカナ英語を使って命名しただけの話であり、科学的に意味がありません。それは、経済学というより、語学というべきかもしれません。
 自然科学でいえば、「水をエイチ・ツー・オーと呼ぶ」というのは科学的に意味のある定義ですが、「水をウォーターと呼ぶ」というのは、科学的に意味がない定義ということです。


 〈「インフレ」政策を合理化する狙い〉

 では、「デフレ」論者は、そういう非科学的な定義まで持ち出して、いまの物価下落をなぜ、「デフレ」と呼びたいのでしょうか。
 それは、「デフレ」という言葉をほぼ不況と同じ意味に使うことで、不況対策として、「インフレ」政策を合理化できると考えているからです。
 また、「デフレ」の本当の意味は「インフレ」の逆であることを内心では知っているので、「デフレ」対策として、「インフレ」政策を合理化できると考えているからです。
 確かに、通貨の増価による物価下落(デフレ)は、国家が「インフレ」政策を採用して、通貨を減価してやれば、止めることができます。
 しかし、通貨の増価による物価下落でなければ、「インフレ」政策は、国民にとんでもない被害をもたらします。
 もし、現在の日本のような、継続的な物価下落を伴う不況に対して、国家が通貨の増発(日本銀行による国債引き受けなど)という「インフレ」政策をとれば、どうなるでしょうか。
 それは、不況はそのままの上に、物価が上昇する「スタグフレーション(stagflation、不況とインフレが同時進行する経済現象、スタグネーションとインフレーションの合成語)」を引き起こします。
 国民の多くが、そうした危険性を知らないことをいいことにして、これまでの歴代政権は、「インフレ・ターゲット」論(物価上昇の目標値を定めてインフレを起こすこと)などの「インフレ」政策を主張する御用学者をもてはやしてきました。
 最近では、こうした歴代政権の思想的圧力に屈し、日本銀行の一部幹部までが、それに近い主張をするようになっています。
 なぜ、スタグフレーションを起こしてまで歴代政権が「インフレ」政策を採用したいのかは、その政策の内容が、日銀の国債引き受けによる通貨の増発だからです。
 巨額の公共事業など、大企業優遇政策の財源をつくりたい歴代政権にとって、日銀の国債引き受けは、庶民増税をしないで巨大な借金財政を帳消しにできる「打ち出の小づち」となり、都合がいいのです。
 こうして、インフレが発生すれば、賃金や年金など、庶民の収入の大幅な目減りをもたらし、庶民の生活を直撃し、不況をいっそう深刻化します。
 これは、戦後直後の悪性インフレ(戦中・戦後の日銀の国債引き受けで発生、詳しくは新著参照を)など、日本の近代史が教える痛切な教訓でもあります。
 日本の継続的な物価下落を「デフレ」と呼ぶことには、こうした庶民犠牲の「インフレ」政策導入を合理化する狙いが込められているのです。


 〈逆輸入をする日本の多国籍企業を免罪〉

 それでは、最近の日本の継続的な物価下落の原因は何でしょうか。
 それは、日本の多国籍企業の海外進出の加速、とりわけ、中国に進出した日本の多国籍企業による逆輸入(農産物の場合は開発輸入)によるものです。この分析も、新著で詳しく解説していますので、参照ください。
 「メイド・イン・チャイナ」の繊維製品や電機製品、諸雑貨、農産物・食品など、日本の多国籍企業が逆輸入してくる超低価格の商品は、もう日本国民にとって、めずらしくない存在でしょう。
 この「メイド・イン・チャイナ」と競合する国産の製品・農産物などの生産者は、日本市場で生産価格を下回りかねない値引きを強いられ、多大な打撃を受けています。
 もし、こういうときに、「デフレ」対策として「インフレ」政策をとるとしたら、その結果はどうなるでしょうか。
 例えば、「インフレ」政策を実施する前の為替レートが1人民元=13円とし、逆輸入商品の1単位の価格が1人民元、同種類の国産商品の1単位の価格が130円としましょう。
 外国為替市場で、日本円13円は1人民元に換えることができるので、中国で1単位1人民元で仕入れた逆輸入商品の円建ての価格は、1単位13円となり、1単位130円の国産商品と比較して、10分の1という価格差になります。
 こうした前提条件のとき、「インフレ」政策が実施され、円通貨の価値が2分の1に減少すると、為替レートは、1人民元=26円となります。
 すでに1単位13円の元手を使い、中国で1単位1人民元で仕入れている逆輸入商品は、一定量の在庫として手元にあるので、「インフレ」により2倍の価格の1単位260円になっている国産商品と比較して、20分の1の価格差に広がります。
 その後、新たな追加の円資金を投入し、1単位1人民元のままの逆輸入商品を中国で仕入れる場合、為替レートが1人民元=26円になっているので、日本の多国籍企業は、これまでの2倍の円資金が必要になります。
 それでも、逆輸入商品の中国での仕入れ値が1単位26円になるにすぎず、同種類の国産商品260円と比べて、もともとの10分の1の価格差に戻るだけです。
 結局、「インフレ」政策が実施されると、国産商品の価格上昇が先行するので、逆輸入商品との価格差が広がり、逆輸入商品の価格競争力をいっそう強めます。
 これでは、「不況対策」として採用された「インフレ」政策が、いっそうの産業空洞化や食料自給率の低下(逆輸入商品が農産物・食料品の場合)を招き、日本の不況を深刻化することになります。
 以上みてきたように、現在の日本の継続的な物価下落を「デフレ」と呼ぶことは、主犯である逆輸入の実態〈注2〉から目をそらし、実施主体である日本の多国籍企業を免罪することにもつながるのです。
(以上)


〈注1〉日本の消費者物価指数の推移(総務省調べ)

 (2010年の消費者物価指数=100)

(歴年) (総合) (前年比) (前年比増減)
1970 32.6
1971 34.8 106.75% 6.75%
1972 36.4 104.60% 4.60%
1973 40.7 111.81% 11.81%
1974 50.1 123.10% 23.10%
1975 56 111.78% 11.78%
1976 61.3 109.46% 9.46%
1977 66.2 107.99% 7.99%
1978 69.1 104.38% 4.38%
1979 71.6 103.62% 3.62%
1980 77.2 107.82% 7.82%
1981 80.9 104.79% 4.79%
1982 83.2 102.84% 2.84%
1983 84.7 101.80% 1.80%
1984 86.7 102.36% 2.36%
1985 88.4 101.96% 1.96%
1986 89 100.68% 0.68%
1987 89 100.00% 0.00%
1988 89.7 100.79% 0.79%
1989 91.7 102.23% 2.23%
1990 94.5 103.05% 3.05%
1991 97.6 103.28% 3.28%
1992 99.3 101.74% 1.74%
1993 100.6 101.31% 1.31%
1994 101.2 100.60% 0.60%
1995 101.1 99.90% -0.10%
1996 101.2 100.10% 0.10%
1997 103.1 101.88% 1.88%
1998 103.7 100.58% 0.58%
1999 103.4 99.71% -0.29%
2000 102.7 99.32% -0.68%
2001 101.9 99.22% -0.78%
2002 101 99.12% -0.88%
2003 100.7 99.70% -0.30%
2004 100.7 100.00% 0.00%
2005 100.4 99.70% -0.30%
2006 100.7 100.30% 0.30%
2007 100.7 100.00% 0.00%
2008 102.1 101.39% 1.39%
2009 100.7 98.63% -1.37%
2010 100 99.30% -0.70%
2011 99.7 99.70% -0.30%

【出典】総務省統計局「消費者物価指数」から。


〈注2〉逆輸入比率(製造業)の推移(内閣府調べ)

 (企業ごとのアンケート調査で、円ベースの販売価格を使い、次の算式で計算してもらう。逆輸入比率=日本向け輸出高÷海外現地生産高。以下の表の比率は、企業ごとの逆輸入比率を、同比率0.0%と回答した企業を含めて、単純平均したもの)

(年度) 製造業
素材型製造業 加工型製造業 その他の製造業
2000 22.9 21.7 22.5 25.1
2001 24.4 22.9 24.3 26.1
2002 24.4 27.3 21.8 26.4
2003 24.3 20.3 24.9 27.8
2004 22.6 19.6 23.4 24.8
2005 26.1 23.2 25.3 31.6
2006 23.9 19.2 25.4 26.7
2007 25.2 23.4 25.4 26.8
2008 24.5 20.3 22.1 35.1
2009 22.6 13.9 22.7 33.9
2010 21.3 16.4 20.4 30.5
2011 21.3 17.2 20.5 28.7


【出典】内閣府「企業行動に関するアンケート」から。

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