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(2016年4月11日からカウント)


資料「日本共産党の原発政策の変遷」


 〈注〉ページの最下段に解説「画竜点睛を欠いてはいないか――日本共産党の原発政策の変遷を概観しての、筆者(今田)の感想的意見」をつけました。

 (経済ジャーナリスト・今田真人=2012年10月22日初稿、何回かの改定後の11月8日に確定)


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☆「日本共産党綱領」(1985年11月24日、同党第17回大会で「一部改正」)

 「党は、原子力の軍事利用に反対し、自主・民主・公開の原子力平和利用三原則の厳守、安全優先の立場から原子力開発政策の根本的転換とその民主的規制を要求する」(『前衛』1986年1月臨時増刊「日本共産党第17回大会特集」P148) 
 〈注〉この原子力の利用についての記述は、第17回大会で初めて盛り込まれた。なお、第8回大会(綱領確定)から第16回大会までの綱領には、原子力の利用についての記述はいっさい見あたらない。


☆『原発推進政策を転換せよ』(日本共産党中央委員会出版局1988年7月1日初版発行)

 「日本共産党綱領から――党は、原子力の軍事利用に反対し、自主・民主・公開の原子力平和利用三原則の厳守、安全優先の立場から原子力開発政策の根本的転換とその民主的規制を要求する」(同書P7)
 「…『核絶対否定』の立場の誤り――原子力の軍事利用に反対し、安全性を無視した原子力の利用に反対するのは当然のことですが、ここで重要な問題は、『原水禁』などのように、原水爆禁止運動の中心的課題である核兵器廃絶にたいして、『核対人類』論などを持ち出し、『反原発』『核絶対否定』を正面に掲げ、事実上、核兵器廃絶を後景に追いやり、究極目標にしようとしていることです。…また、一部環境保護(エコロジー)グループは、『反核・反原発・エコロジー』を主張して、「『反原発』としての『反核』」とか、「『反基地』『反安保』としての『反核』」とかいい、核兵器廃絶に、『反原発』『反基地』『反安保』を対置する分裂路線を持ち込んでいます。この動きが、科学技術の進歩を敵視する反科学主義の立場にたつ誤りであることは明白です。これらの動きは、まだ大きな流れとはいえないまでも、原水爆禁止運動にとっては、まさに分裂と混乱を持ち込むものであり、原子力の軍事利用、安全無視の原発開発に反対する運動の正しい発展のためには、とくに注意を払う必要があります。いわゆる社会党・総評系の『原水禁』は、今回の広島での『世界大会』をせん称した集会でも、核兵器廃絶と『反原発』を同列においた『核絶対否定』の立場を強調しています。また、その立場から、『第1回核被害者世界大会』(9月26日〜10月3日、ニューヨーク)を「呼びかけ人」方式で準備しています。ここに社会党の大きな内部矛盾、行きづまりがあります」(同書P60〜61。1987年9月2日に行われた「『安全神話』くずれるなかでの原発問題への対処、住民運動の強化ーー原子力施設所在地関係道府県・地区委員会担当者会議にたいする党中央の報告(党幹部会副委員長、科学技術局長 高原晋一)」からの引用)
 「核兵器廃絶して、国際的英知を集めた研究開発の推進ーー原子力の平和利用の道は、その端緒が開かれたばかりのところです。原子力の医学・医療への利用はいうに及ばず、エネルギー利用の可能性の追及も、いちおう行われています。たとえば、スウェーデンの『PIUS』炉など、構造的に安全といわれる炉の開発研究がすすめられていますが、本格的なものとはなっていません。世界的な、原子力の軍事利用優先の開発体制が、その平和利用の発展の可能性の芽を大きく損なっています。核兵器を廃絶して、世界的に原子力の軍事優先の開発体制を根本的に改めることは、原子力の平和利用の全面的発展にとって、不可欠の条件です。一刻も早く核兵器を廃絶し、国際的に英知を集めて、安全炉や放射性物質の無毒化など本格的な研究開発をすすめなくてはなりません」(同書P67〜68。同上の党中央の報告からの引用)
 「既設原発にたいする運動 しかし、一方、原発が建設されたからといって、住民運動をやめるわけにはいきません。そのさい、とくに注意すべきことは、世界で唯一の被爆国の国民としての感情から、さきにのべた『反原発』を掲げる運動に心情的に同調する可能性が少なくないことです。…すなわち、力足らず建設を許したからといっても、取り組むべき課題は多くあります。…既設原発では、効果的な総点検を実施させるとともに、その結果にもとづいて、運転中止、出力低下などの安全規制を行わせるようにする必要があります。…社会党や総評などの県段階、地区段階の『反原発』グループやニセ『左翼』暴力集団などは、極左的な戦術で『反原発』を示威し、住民運動を国民的運動から切り離す役割を果たしています」(同書P79〜81。同上の党中央の報告からの引用)
 「わが党は、科学的根拠にもとづいて、未成熟な原発建設はもちろんのこと、その運転については多くの危険性をもっているということを一貫して指摘してきました。しかし、一部には、『原発絶対反対』をとなえながら、核兵器廃絶を後景においやり、あるいは反共のために原発反対を利用するものもあります。最近、『読売』では、後出の著書が良く売れているためか、いわゆるマスコミのいう『げんぱつ現象』の『火つけ役』に広瀬隆氏の名があげられています。『朝日』には『全国の住民運動グループの機関紙的役割』としての『草の根通信』の松下竜一氏の名がみられます。そこでは、『原発の危険性』という重大な問題をとりあげながら、原子力の平和利用のいっさいを否定する立場から、『核兵器より原発が危険』とか、『すでに原発のなかで核戦争が始まっている』といった誇張した議論で、核兵器廃絶の重大性から目をそむけさせたり、原発立地反対闘争などの正当性をかえって失わせるような傾向がみられます。…いま、注意しなければならないイデオロギーの中心は、先にその誤りの二、三の特徴を明らかにした原子力のいっさいの平和利用を否定する『核絶対否定』論や『原発絶対』反対論です。組織的な中心には、総評・社会党が指導する『原水禁』グループや反共ニセ『左翼』暴力集団、反党盲従分子、『草の根通信』の松下竜一氏などの集団がいます。この人たちは、放射能汚染の危険性や原発の危険性を考えている善意の婦人層を中心にした市民をねらって、後ろから扇動している場合が少なくありません。それは、党機関や議員に送られてくるアンケートの中身が、たとえば必ず浜岡原発の最近の事故をチェルノブイリ事故寸前としてとりあげるなどの共通性があることにもしめされているのではないでしょうか。こうした策動は、核兵器廃絶の闘争を原発問題にそらし、原発反対闘争では分裂と混乱をもたらすものとなる点を見ておくことです。いま大切なことは、非科学的な不安をあおることではなく、原発の危険性を心配している婦人層や市民の要求にこたえて、広範な人が結集する行動をすすめていくことです。…『自主・民主・公開』の原子力利用三原則の厳守とともに、すでに大きな成果をあげている原子力の医学・医療への利用をはじめ、将来の安全で安定したエネルギー総合政策をめざして、科学者、技術者、国民の統一した力の発揮がいまこそ求められています。わが党は、その先頭に立って奮闘するものです」(同書P98〜115。「無責任な原発推進政策への反対闘争を正しく発展させるために 鶴尾功党科学技術局次長」〔「赤旗」評論特集版1988年5月23日号〕からの引用)


☆『原発問題と原子力の将来』(日本共産党中央委員会出版局1988年11月20日初版発行)

 「軍事利用を絶つことが真の平和利用の道ーー原子力発電の問題を考えるうえで、核エネルギーの平和利用をどうみるかということがあります。この点をどうお考えでしょうか。
 中島
 原子力エネルギーの利用をどう考えるかについて私がとる態度の基本は、核エネルギーというものが今世紀になってから発展した物理学の成果である、人類の英知の所産であるという考えにたっていることにあります。ところが、同時にこの英知の所産が最初に核兵器に使われ、それがいまだに廃絶されていないという世界の現実をも正確にみなければならない。…いわゆる平和利用″というようにいわゆるがつく意味は、核兵器生産を維持する軍事構造に全面的に依存した平和利用″であるからです。
 核エネルギーと人類は共存できる
 それならば核エネルギーの平和利用を原理的に否定する理由はまったくないと思います。しかし、核兵器は人類と共存できない。そこをハッキリさせておけば、いわゆる平和利用″を本当の平和利用にするためになすべきことは、軍事構造への依存を断ち切る、あるいは転換することであることが明らかになると思います。…軽水炉が本質的な欠陥をもつ危険な原子炉であることは、米国議会の技術評価局(OTA)報告でも指摘されており、もっと安全性の高い次世代原子炉″の探求が必要なことも指摘されていることです。スリーマイル島原発事故は軽水炉の危険を端的に示しましたから、こういう次世代原子炉″の検討がおこなわれるのは当然の動きと考えられます」(同書P28〜30。「原発の危険と原子力の将来ーー平和利用の道はどこにあるのか」と題した、原子力問題の研究者・中島篤之助中央大学教授へのインタビューからの引用)
 「『反科学』ではなく国民的なたたかいで原発行政転換をーー原発政策を転換させる立場から、どういう政策、対策をたてるべきなのでしょうか。
 中島 …根本的には事故のおこる可能性を認め、その立場から政策をたてることにあります。日本の原子力政策を転換させるということのなかには、第1に核兵器を1日も早くなくすこと、第2に廃棄物の処理・処分の問題に見通しをたてること、第3にもっと安全な原子炉を開発する努力をすることもあります。この3つとも、今の政府はやっていない。まず核兵器が廃絶され、廃棄物の処理・処分の見通しを立て、より安全な原子炉ができれば原子力エネルギーはいかなるエネルギーより有望なエネルギー源です。将来の人類のエネルギー源をあきらめるのは早すぎます。…共産党は前回同時選挙でも、原発の新増設反対を掲げていますが、これは現在の軽水炉についてであり、技術の発展によって、将来、もっと安全性の高い原子炉が開発されたときには、当然それは認めるという意味でいわれていると私は考えています。…
 原発不用論″と根本問題ーー最近、原発反対の世論が高まるなかで、一部に、原理的にも原発と人類の共存はできないという立場からの原発不用論″がでていますが、こういう考えをどうみますか。
 中島 今年(1988年)2月の四国電力伊方原子力発電所の出力調整試験反対運動以後、『原発はいらない』ということで、原発とめろ1万人行動が組織され、主催者の予想を上回る多くの人が参加しました。そうして『脱原発法』が提唱されています。その内容を見ると、いくつかの条項では一致できる点もあるのですが、同時に不思議に思うのは原発のことは問題にしながら、横須賀に何百回と寄港する原子力潜水艦が使っている動力炉のことにはまったくふれていないことです。こういう運動の代表的人物である広瀬隆氏の著書では、例えば、まさか核戦争は起きないだろう。一方原発のなかではすでに核戦争のボタンが押されている、そして原発の爆発の時代に入ったのだ″といった非科学的というか何というか、ひどい話が書いてある。ですから、原発がいるか、いらないかという単純な問題のたて方は、核兵器をわきにおいて原発だけに視野を向けるということになります。その根本には、実は冒頭にのべました核エネルギーの平和利用にたいする見方の問題があるのです。つまり、反科学主義にたって原子力そのものを否定するのか、それとも原子力そのものを人類の進歩に役立てうるものとみているかという違いです。私が後者であることは最初に強調してのべました。事故がおきるから原発をなくせというのは議論としては簡単です。たしかに原発をなくせば事故は起きない。しかし、この立場をつきつめると近代技術、近代工業というのは全部否定すべきであるという見解につながる。たとえば西ドイツの緑の党などは、そういう考えの党です。この党は近代工業社会がうんだ原発も核兵器もそして飛行機も否定する。説明するまでもなくこれは誤りだと思います。近代科学の発展を否定するのではなく、人類の英知の所産を人類絶滅という危険をもたらす軍事利用にふりむけ、さらに大企業のもうけのために核エネルギーを乱暴に使ってきた、そうした従来の安全無視の原子力政策にこそ批判の目をむけ原発推進政策を転換させることが必要だと思います」(同書P40〜45。同上インタビューからの引用)


☆『原発の危険と住民運動』(日本共産党中央委員会出版局1990年8月25日初版発行)

 「私は、科学の進歩によって、必ず死の灰を無害にする技術か、再利用するなどの技術を、人類は見つけるに違いないと思います。また、そうなれば、将来は原発の安全炉もできるわけです。夢物語みたいなことですが、私は放射性廃棄物をロケットに積んで太陽にぶちこむという方法もあると思います。太陽の引力圏に送り込んでやれば、あとは太陽が吸い込んでくれるでしょう。太陽はものすごく大きいですから、世界中の放射性廃棄物を全部送り込んでも『チュン』というくらいのものです。…」(同書P72。日本共産党副委員長・科学技術局長の高原晋一氏の「原子力発電問題をめぐる政治的対決」と題する論文からの引用。論文末尾に「婦人運動の幹部を対象にした講演に整理加筆したもの――編集部。『月刊学習』1989年4月号」と注記)
 「次に、脱原発法制定の運動がなぜ起こってきたかを見ておきたいと思います。昨年(88年)の4月24日、これはチェルノブイリの事故2周年にあたりますが、成田の飛行場反対闘争もやったといわれる高木仁三郎氏など脱原発グループが1万人集会というのをやりました。これは予想以上の人が集まり、主催者の意図はどうあれ、住民の不安の高さをしめしました。この集会で提案されたのが、脱原発のそもそものはじまりでした。その後、運動の方はさっぱりすすまず、昨年秋になって高木氏が個人の意見だといって、3項目の署名になったのが、現在のものです。これは、4月の集会での提案原発はいっさい認めない、1年以内に停めろ″というのとは相当違い、要求項目だけをみると、われわれの立場に表面上近くなっています。しかし、決定的な違いは、げんに動いている原発にたいするきびしい総点検とか民主的な規制がないことです。そのうえ、脱原発法制定署名運動というのですから、題名自体からも、また、その前文が『すみやかな原子力発電の廃止を達成することを目標』にするとなっていることからも、原発絶対否定というのが本質であることに変わりありません。…」(同書P77〜。同上論文からの引用)
 「わが党と『脱原発』派の、原子力に対する見方の違いはどこにあるのか、端的にいうと、『脱原発』派は、現在の原発が危険だからということから、将来にわたって原子力の平和利用を認めないことを原則的な立場にしています。それに対して、私たちは、現在の原発の危険性を正面から指摘し、その危険に反対する点では、もっとも一貫した立場をとりますが、人類の英知の所産である原子力の平和利用の可能性を原則的に否定する立場はとらない、という点にあります。脱原発派は、核と人類は共存できない、原発はなくす以外にない、ということを主張しています。われわれは、原子力の発見は人類の英知の所産だという立場です。人類は失敗を繰り返しながら、科学・技術を発展させてきました。同様にして、将来もまた、発展していくだろう、というのが、われわれの哲学、弁証法的唯物論の立場です。だから、人類はやがて科学・技術の発展によって安全な原発を実現させる方向にすすむだろう、したがって、それを研究することは当然であるといっています。ところが、脱原発派は、そんな原子炉などできない、という固定観念から一歩も出ません。核と人類は共存できないの一本槍です。…」(同書P81〜。同上論文からの引用)



☆『日本共産党の政策・提言資料集1』(日本共産党中央委員会出版局1998年4月27日初版発行)

 「もう1つの問題は、原子力発電の現段階の到達点だけを見て、そこに欠陥があるからといって、核エネルギーの平和利用の将来にわたる可能性を全部否定してしまうというのは、短絡的な議論になるということです。なにしろ、原理が発見されてからまだ50年、人類の歴史からいえば、私たちは、核エネルギーを利用するほんの端緒、入口の段階にあるわけですから、その入り口の段階で、将来の可能性を全部否定するわけにはゆかないのです。実際、これまでの開発の経過を見ても、戦争目的、軍事用ということで強行開発してくるなかで、平和目的でもっと落ち着いて開発にとりくんでいたら、新しい発展の芽になったかもしれないものがつぶれてしまったということも、結構あるのです。われわれはそういう点で、開発の歴史もふりかえりながら、原子力問題について科学的な態度をとってゆくべきであると考えています」(同書P71〜72。1990年12月8日、原発問題・日本共産党全都道府県担当者会議での「今日の原発問題を考えるいくつかの基本点について」と題する不破哲三委員長のあいさつからの引用)
 「…原子力問題で運動をすすめている人のなかには、『脱原発』論といって、人類は将来にわたって、平和利用であっても、核エネルギーにはいっさい手をつけるべきではないという立場をとなえる人がいます。私たちは、その立場に立ちませんが、原発の危険に反対し、国民の安全をまもるという具体的な要求で一致があり、共同する意思があるならば、そういう考えからの人たちとでも運動は共同できるはずです。…『脱原発』論をとなえる人たちのなかには、原発の廃止それ自体を運動の中心目標にしたり、当面の危険に反対する要求を一応かかげても、『脱原発』論に賛成かどうかで線引きをしようとする傾向を、強くもっている人がかなりいます。これは、要求の一致ではなく、考え方で運動にわくをはめようとするセクト主義です。これは当然批判されるべきですが、そうした傾向に対抗するのに、私たちの側が、『脱原発』論否定の立場、つまり、原子力エネルギーの平和利用の可能性を認めるかどうかを、運動のわくにしたりするとしたら、これは、裏返しのセクト主義になってしまいます」(同書P78。同上の不破哲三委員長のあいさつからの引用)


☆「日本共産党第22回大会決議」(2000年11月24日採択)

 「――エネルギー……政府は、21世紀のエネルギーを、原子力発電所の大増設と、プルトニウムをくりかえし利用する路線に頼り切るという政策をとっている。このようなエネルギー政策をとっている国は主要国では日本だけである。欧米の主要国のほとんどが、原発建設計画をもたず、プルトニウム循環方式から撤退しているなかで、日本のエネルギー政策の異常さはきわだっている。世界の主要国で放棄された政策にしがみつく政府の姿勢は、この問題でも国民の未来を危険にさらす。昨年スウェーデンが原発の閉鎖に足を踏み出したのにつづいて、ドイツが2020年代初めまでに原発を全廃することを決定した。原発大増設とプルトニウム循環方式という危険きわまりない政策を中止し、低エネルギー社会の実現、再生可能エネルギーの開発をすすめながら、原発からの段階的撤退をめざすべきである。」(『前衛』2001年2月臨時増刊「日本共産党第22回大会特集(全記録)」P27)


☆「日本共産党綱領」(2004年1月17日、同党第23回大会で採択)

 「国民生活の安全の確保および国内資源の有効な活用の見地から、食料自給率の向上、安全優先のエネルギー体制と自給率の引き上げを重視し、農林水産政策、エネルギー政策の根本的な転換をはかる」(『前衛』2004年4月臨時増刊「日本共産党第23回大会特集」P22)
 〈注〉このときの綱領改定で、以前の綱領にあった「党は、原子力の軍事利用に反対し、自主・民主・公開の原子力平和利用三原則の厳守…」云々という、原子力の利用についての具体的記述は削除され、かわりに上記のような「エネルギー」一般についての記述にかわった。


☆パンフ「『科学の目』で原発災害を考える 不破哲三日本共産党社会科学研究所所長」(2011年5月10日に不破氏が第4回「古典教室」でおこなった講義をパンフにして同年5月27日に同党中央委員会出版局が発行したもの)

 「日本共産党は最初の段階から安全性抜きの原発建設に反対してきた――日本で、原子力発電が問題になってきたのは1950年代の中ごろからで、1957年には東海村で研究用の原子炉が初稼働し、1960年代に商業用の発電が始まるのですが、日本共産党は、安全性の保障のない『未完成の技術』のままで原子力発電の道に踏み出すことには、最初からきっぱり反対してきました。私たちが、党の綱領を決めたのは1961年7月の第8回大会でしたが、その大会直前の中央委員会総会で、この問題を討議し、『原子力問題にかんする決議』を採択したのです。
その決議は、
――『わが国のエネルギー経済、技術発展の現状においては、危険をともなう原子力発電所をいまただちに設置しなければならない条件は存在しない』
――『原発の建設は、『原子力研究の基礎、応用全体の一層の発展、安全性と危険補償にたいする民主的な法的技術的措置の完了をまってから考慮されるべきである』
として、日本最初の商業用発電所とされた東海村の原子力発電所の建設工事の中止を要求したものでした。
 それ以来、この問題でのわが党の立場は一貫しているのです。そして、ただ『反対』というだけでなく、国会では、大事な局面ごとに、この問題を取り上げて、原発のもつ危険性とそれを管理・監督する政府の態度の無責任さを、具体的に取り上げてきました」(同パンフP15〜16)


☆提言「原発からのすみやかな撤退、自然エネルギーの本格的導入を 国民的討論と合意をよびかけます」(2011年6月13日に志位和夫委員長が記者会見をして発表)

 「…同時に、つぎのことも強調しなければなりません。それは、『安全神話』を一掃し、原発事故の危険を最小限のものとする最大限の措置をとったとしても、安全な原発などありえず、重大事故の起こる可能性を排除することはできないということです。…安全な原発などありえません。ひとたび重大事故が起きれば、とりかえしのつかない事態を引き起こす原発を、とりわけ地震・津波の危険の大きな国・日本において、私たちが社会的に許容していいのか。現在の原発と日本社会は共存しうるのか。それこそがいま、福島原発事故がつきつけている問題なのです。…日本共産党は、5〜10年以内を目標に原発から撤退するプログラムを政府が策定することを提案するものです。すでにのべた日本で原子力発電を続けることのあまりに巨大な危険を考えるならば、できるだけすみやかに原発から撤退することが強く求められます。同時に、電力不足による社会的リスクや混乱は避けねばなりません。また、CO2(二酸化炭素)などの温室効果ガスによる地球温暖化を抑止するという人類的課題もあり、安易な火力発電などに置き換えるやり方をとるべきではありません。そのためにも自然エネルギーの本格的導入と低エネルギー社会への転換にむけて、あらゆる知恵と力を総動員し、最大のスピードでとりくむ必要があります。こうした立場から、5〜10年以内を目標にした撤退プログラムを策定することを提案するものです。…なお、原発からの撤退後も、人類の未来を長い視野で展望し、原子力の平和利用にむけた基礎的な研究は、継続、発展させるべきです」


☆第3回中央委員会総会での志位委員長の幹部会報告(2011年7月3日)

 「…今回の『原発撤退提言』は、原発問題にたいする日本共産党の半世紀にわたる先駆的な活動の蓄積のうえに、それをさらに発展させたものです。日本で原子力発電が問題になったのは、1950年代ごろからですが、日本共産党は、いまの原発技術は未完成で危険なものだとして、その建設には当初からきっぱり反対してきました。…さらに、わが党は、2000年の第22回党大会で、当時、ドイツなどが原発から撤退する動きを示していることに注目しつつ、『低エネルギー社会の実現、再生可能エネルギーの開発をすすめながら、原発からの段階的撤退をめざす』という方針を明確にしました。…わが党は、『原発撤退提言』でも明記しているように、『人類の未来を長い視野で展望し、原子力の平和利用にむけた基礎的な研究は、継続、発展させるべき』であるという立場に立っています。当面の『原発からの撤退』でも『基礎的な研究』は不可欠です。ただ、この点で立場を異にする方々もいると思います。しかし、そういう方々とも、『原発からの撤退』で一致すれば大いに共同は可能だと考えます。また、わが党は、『5年から10年以内』の撤退を提案していますが、撤退の期限の問題や、代替エネルギーについての考え方は、さまざまな意見がありうるでしょう。それを最終的に決めるのは国民の合意であります。これらの問題での、意見の違いがあっても、『原発からの撤退』という方向性が一致できれば大いに共同していきたいと考えます。…」


☆第3回中央委員会総会での志位委員長の結語(2011年7月4日)

 「…幹部会報告で、『現在の科学と技術の発展段階では、『安全な原発などありえない』。このことをはっきりと言わなければなりません』とのべたことにかかわって、一言指摘しておきます。軽水炉以外のさまざまな型の原子炉が研究されているようでありますが、これは、どれも研究の段階であって、完成されたものではありませんし、実用化されているものでもありません。私たちは、そこにこの問題の活路があるとは考えていないということを、のべておきたいと思います。…」


☆「『即時原発ゼロ』の実現を――日本共産党の提言」(2012年9月25日に志位和夫委員長が記者会見をして発表)

 「…福島事故から1年半を経過し、国民の世論も大きく変化、発展しています。政府がおこなったパッブリックコメント(意見公募)では8割が『即時原発ゼロ』を求め、福島市の聴取会では『すべての原発の即廃炉』を求める声が圧倒的でした。原発事故の被害の深刻さ、恐ろしさが、多くの国民の実感となっています。原発に頼らない社会への道をすすもうという国民の意思は明白です。国民の願いに応えるのが政治の最大の使命であり、ただちに『原発ゼロの日本』を実現することが政治の責任です。こうした状況を踏まえて、日本共産党は、昨年の提起をさらに一歩すすめ、つぎの諸点を政府に強く求めます。――すべての原発からただちに撤退する政治決断をおこない、『即時原発ゼロ』の実現をはかること。…政府は、『電力不足』を再稼働の理由にあげ、野田首相は、『計画停電が余儀なくされ突発的な停電が起これば命の危険にさらされる人もでる。仕事が成り立たなくなり、働く場がなくなる人もいる。日常生活や経済活動は大きく混乱する」(6月8日記者会見)とまで言いました。これがまったく根拠のない、国民への脅し”でしかなかったことは、事実で証明されました。関西電力は、大飯原発を再稼働しなくても、政府が『最低限必要』とした3%を超える余裕があったという試算を明らかにし、事実上、再稼働が必要なかったことを認めました。原発なしでも混乱は起きない、政府や電力業界の言うことは信用できない――これが、この夏に国民が体験したことです。…財界など原発推進勢力は、『原発をやめると電気が不足する』『経済活動に支障をきたす』などと、『原発ゼロ』によって起こる問題を強調しています。しかし、原発事故のリスクはあまりに巨大であり、『原発ゼロ』にともなって起こる問題を、原発事故の巨大な危険と天秤(てんびん)にかけることは許されるものではありません。当面、国民的な節電の努力とともに、火力による電力確保が必要になりますが、同時に、温室効果ガスによる地球温暖化を抑止するという人類的課題もあります。火力による電力確保はあくまで過渡的な緊急避難措置(5〜10年程度)とし、その間に原発分のエネルギーを、再生可能エネルギーと低エネルギー社会への取り組みで確保するようにします。その後は、さらに火力発電の削減へと取り組みを強めます。…「原発ゼロ」を実現した後も、原発の廃炉、使用済み核燃料の管理・処理など原発関連の『負の遺産』の後始末を完全に実施しなければなりません。…こうした事業に取り組むためにも、原子力に関する基礎研究とこの仕事を担う専門家の確保・育成をすすめます。…」

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画竜点睛を欠いてはいないか――日本共産党の原発政策の変遷を概観しての、筆者(今田)の感想的意見〉


 〈米ソの大事故後も「原発なくせ」の立場に立てず〉

 日本共産党の原発政策を概観してわかる最大の事実は、同党が1988年当時、米国のスリーマイル島原発事故(1979年3月28日発生)や、ソ連のチェルノブイリ原発事故(1986年4月26日発生)が起こったあとにもかかわらず、「原発なくせ」という立場に立てなかったということです。
 逆に、同党は、「反原発」や「脱原発」を主張する人々を「反科学主義」「核兵器廃絶運動を後景においやるもの」などと口をきわめて非難していました。これらの非難の誤りは、福島第1原発事故を経験したいまでは、あまりに明らかになっています。
 同党は、いま考えれば、滑稽でさえある「安全炉や放射性物質の無毒化」の提案をするなど、超楽観的な発想に固執していました。
 「自主・民主・公開の三原則」を個々の事業者・研究者・技術者が「厳守」し、原発の安全性の向上へ本格的に改良を重ねていけば、将来的には原発の危険性をなくすことが可能だと信じていたようです。
 わかりやすく言えば、原発は危険であるが、どんなに改良を重ねても克服できないほどの根本的な危険ではない、だから、脱原発などといって、原発そのものを否定するような考え方は短絡的であり、脱原発を主張する人たちは、科学の力を信じられない無知蒙昧(むちもうまい)な輩(やから)だ″という、認識だったのです。
 同党が、そういう認識を持っていたことは、2004年に抜本改定される前の旧綱領に「自主・民主・公開の原子力平和利用三原則の厳守」などの言葉が掲げられ続けていたことからも裏づけられます。もっとも、新綱領では、これらの言葉は、削除されました。


 〈「脱原発」と「安全性の追求」は矛盾するか〉

 「自主・民主・公開」とか、「安全優先」などの条件を厳格に、かつ科学的に適用すれば、1988年当時、そんな条件にあてはまる原発はありませんでした。
 また、将来、「安全な原発」ができる可能性は科学的にも展望できず、願望の域を出ていませんでした。
 当時でも、「反原発」、「脱原発」を主張して問題はなかったのです。
 そういう主張を同党ができなかったのは、なぜでしょうか。
 同党が、チェルノブイリ原発事故など、外国の一連の大事故の経験を深刻に受け止めることができなかったことが最大の理由でしょう。
 原発事故による重大な被害におびえる原発周辺住民や、その危険を直感的に感じ取った子育て中の主婦などの一般国民の立場に、徹底して立ち切れなかったということもあるでしょう。
 「安全な原発」の開発・研究を目指していると主観的に思っている、原発関連の一部の「民主的な科学者」を同党に組織し、擁護したいという、科学者に片寄った政策的立場もあったと思われます。
 だからこそ、「民主的な科学者」に「矛先」が向けられる恐れがある「反原発」や「脱原発」という考え方について、「反科学主義」などという異常な言い方で激しく非難していたのでしょう。
 しかし、「反原発」や「脱原発」という考え方は、本当に、そうした「民主的な科学者」に矛先が向くものでしょうか。
 「反原発」や「脱原発」を目指すことと、原発の安全性を追求する科学者の営みは、対立し、矛盾するでしょうか。
 筆者は、「反原発」や「脱原発」の立場にしっかり立ってこそ、国民の立場に立って原発の安全性を追求し、危険な原発の廃炉などを安全になしとげる「民主的な科学者」になることができると考えます。
 同党は、少なくとも1988年当時、「反原発」や「脱原発」の考えを、原発の安全性を追求する科学者の立場と対立させて考えていたのではないでしょうか。


〈「科学信仰」ではなく人道的立場に立て〉

 同党はこの奇妙な考えを、なかなか捨て切れないようです。
 最近の同党の政策文書でも、「人類の未来を長い視野で展望し、原子力の平和利用にむけた基礎的な研究は、継続、発展させるべき」という文章が残っているのは、そのためでしょう。
 ここでいう「原子力の平和利用」とは、もちろん、「原子力エネルギーの発電への利用」、すなわち「原発の開発」です。そう言うとよく「平和利用は原発だけではない」といった屁理屈のような弁解がされますが、それが、レントゲンなど、医療分野での「放射線の利用」のことを指していないことは、いうまでもありません。
 同党はなぜ、「原発からの撤退」という画期的な政策をかかげながら、あえてその政策と矛盾する、「原子力の平和利用」、すなわち、「原発の開発」に向けた基礎的な研究の推進に、こんなに固執するのでしょうか。
 それは、自然科学者が研究を進め、発見・開発をしていけば、科学者の思想的立場に関係なく、その成果は自動的に人類の幸福につながるという、「科学信仰」とも言える考えを同党が持っているからです。「原発の開発」に向けた基礎的な研究であっても、その成果は、原発の安全性の向上につながると、無条件に信じているわけです。
 しかし、自然科学は、もろ刃の剣です。科学信仰や、科学至上主義は、とんでもない災難を人類にもたらします。
 自然科学に携わる科学者は、みずからの研究を人類の幸福につなげる強い目的意識がなければ、その成果は、人類の不幸につながる危険の方が大きくなります。
 これからの科学者は、国民・人類の安全・安心のための研究という人道的立場にしっかりと立つべきです。
 ましてや、「脱原発」を掲げながら、それに逆行する「原発の開発」に向けた「基礎的な研究」を推進するなどは論外です。そんな研究は絶対、やってはなりません。
 そういう観点から言えば、いま必要なのは、「反原発」、「脱原発」の立場に立ち、原発の安全な廃炉や廃棄物処理のための、原子力の研究の推進ではないでしょうか。
 同党の最近の「即時原発ゼロ提言」(2012年9月25日)は、この問題で「…こうした事業に取り組むためにも、原子力に関する基礎研究とこの仕事を担う専門家の確保・育成をすすめます」という中途半端な言い方にとどまっています。どうして「…取り組むためにも」ではなく、「…取り組むために」と言えないのでしょう。
 ここにも、「科学信仰」への未練がうかがえます。


〈自己批判なき方針転換と歴史の偽造〉

 ところで、同党は2000年の第22回党大会で、やっと「原発からの段階的撤退」を打ち出しました。しかし、この「原発からの撤退」という方針こそ、これまで非難してきた「反原発」「脱原発」「原発ゼロ」という方針です。
 これは、180度、逆向きともいうべき政策変更ですが、日本共産党の政策文書の説明では、「方針を明確にしました」という程度のものになります。つまり、これまでも、「原発からの撤退」という政策を持ってはいたが、明確にはしていなかったという言い方なのです。
 上記の資料で紹介しているように、同党の幹部の不破氏は2011年5月、多くの党員が知らなかった1961年当時の決定文書を突然示し、「それ(1961年の決定文書のこと)以来、この問題でのわが党の立場は一貫している」とのべました。
 こうした政策文書や発言が歴史的事実と違うことは、1988年当時や、それ以降の同党の政策文書が、「反原発」や「脱原発」の考えを激しく非難し、否定していたことを見ても明らかです。
 日本共産党の原発政策の変遷の特徴は、度重なる大きな方針転換を、何の自己批判もせずに、「一貫している」とか、「政策を一歩進める」とか、「政策を発展させる」とか、「方針を明確にする」などという美名で、なし崩し的に行ってしまうという点です。
 これらを世間では、歴史の偽造、あるいは、無謬(むびゅう)主義、独善と言います。


〈誠実で謙虚な姿勢に戻ることこそ画期的な信頼回復への道〉

 同党の原発政策は、現時点では、他党にはない最も先駆的で、すぐれたものであると思いますが、自己批判や反省がない方針転換は、誠実さに欠け、説得力がありません。
 もし、最近の「即時原発ゼロ提言」などが、「党内外の国民の多数の声や意見に学び、これまでの党の政策のいたらなさを反省して打ち出しました」などといった、自己批判や反省を込めた謙虚な表現で発表されたなら、どういう反響があったでしょうか。
 おそらく、これまで「反科学主義」などと同党から非難されてきた反原発活動家や知識人、住民運動家などを含めて、国民の多くが日本共産党の評価を大きく見直したでしょう。
 これは、毎週金曜日の首相官邸前抗議行動に参加し、「再稼働反対、原発すぐなくせ」と訴えてきた多くの日本共産党員の受け止め方とも共通すると思います。なぜなら、2012年9月25日の「即時原発ゼロ」の提言が出る前は、「原発をすぐなくせ」と主張する党員は、党の方針に反すると考え、うしろめたい思いをしてきたからです。
 ちなみに、同党の規約には「(党員の権利と義務として)党の決定に反する意見を、勝手に発表することはしない」(第5条)、「全党の行動の統一をはかるために、国際的・全国的な性質の問題については、個々の党組織と党員は、党の全国方針に反する意見を、勝手に発表することをしない」(第17条)という規定があるからです。
 もちろん、いまからでも、遅くはありません。日本共産党が、政策の提起の上で誠実で謙虚な姿勢に戻り、党規約の改定を含む規約運用の改善がされていけば、党内外の国民の信頼は大きく回復し、同党への共感と支持は、画期的に広がることは間違いありません。
 こんなすばらしい方針を出しながら、そうした自己批判をしないのは、画竜点睛を欠くといっても過言ではありません。
 筆者が、原発からの撤退を掲げるいくつかの政党のなかで、とりわけ、日本共産党の原発政策の変遷を詳しく紹介したのは、同党がそういう政策的誠実さを取り戻す力をまだ、持っていると信じているからです。その信頼が裏切られることのないよう、期待したいものです。
(以上)

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