アクセスカウンター

(2016年7月17日からカウント)


☆論評「知的退廃と思考停止をもたらす『デフレ不況』という言葉」

(2013年2月2日初稿、何回かの改定後の10月18日に確定)
           経済ジャーナリスト 今田真人 

 昨年末から、私は、ある問題で憂うつな状態が続いています。
 というのは、昨年末の総選挙を前後して、日本共産党の志位和夫委員長が突然、現在の日本の深刻な経済危機を「デフレ不況」であると規定をするようになったからです。
 この結果、同党の機関紙・雑誌などが、いっせいに右へならえをし、これまで、まったく使ってこなかった「デフレ不況」とか「デフレ(デフレーションの略)」とかいう言葉を、洪水のように使い始めました。
 そして、この「デフレ不況」という現状分析は、昨年の総選挙の同党の公約の一番目に、堂々と書き込まれてしまいました。
 同党の「自浄作用」を信頼していた私は、年が開ければ早々にこの誤りはただされると期待していました。
 ところが、あとでのべるように、それはただされるどころか、ますますエスカレートするばかりです。
 いまや、同党関係の新聞・雑誌などには、「デフレ不況」や「デフレ」という言葉が登場しない日はないほどになっています。
 こうした事態を踏まえ、思い切って、この論評を書くことにしました。
 この論評は、あくまで同党の政策に対する理論的な改善意見として執筆し、公表するものです。


 同党の従来の方針にも反する規定

 「デフレ」とか「デフレ不況」という現状規定と言葉は、これまでの共産党の中央委員会決定や大会決定などには、1度も登場したことがありません。
 現在の同党の方針を直接しばるはずの5中総(第5回中央委員会総会)の決定でも、まったく言及されていません。
 それどころか、同党中央委員会が事実上、編集責任を持っている雑誌『経済』では、次のように、不況時の物価下落について、「デフレ」と規定すべきではないとしてきました。
 「近代経済学は…インフレーションと好況期の物価騰貴とを区別できないことに対応して、デフレーションについても、貨幣的現象としてのそれとマクロ的な需給ギャップにもとづく不況期の物価下落とを混同するという間違いをおかしている」
 「マルクス主義経済学の側からの標準的な説明としては、…デフレーションは、インフレーションの反対現象であるから、インフレーションの規定に対応してそれは価格標準の切り上げ(紙券の増価)による名目的物価下落であると規定せねばならない」
 「不況のとき物価は下落し、通貨・信用も収縮するけれど、この物価下落は…、紙券の増価(代表金量の増加)による名目的下落ではない。だから、不況とデフレーションとを同一視するのは正しくない」
 (以上の記述は、同誌1995年10月号からの引用。詳しくは私の新著P170〜172を参照のこと)


 重大な誤り、「やっぱり『デフレ』の原因は家計消費の減少」という問題記事

 「デフレ不況」という現状規定が、いかに、その言葉を使う人たちの科学的思考を停止させ、知的退廃を引き起こすか。
 それを象徴的に示す歴史的な事件が起こりました。
 それは、共産党機関紙、赤旗2013年1月7日付1面トップに、驚くべき問題記事が掲載されたことです。
 記事のタイトルは「やっぱり『デフレ』の原因は家計消費の減少、統計からも明らかに――賃金上げる政策こそ必要」というものです。(PDF参照
 その記事の中身をみていきましょう。
 記事の導入部分(前文)には、こうあります。
 「消費者物価指数が2009年から3年連続で前年比マイナスとなる一方で、家計消費支出(名目値)も08年から4年連続で前年比マイナスとなっています」
 この2つの政府統計を並べるだけでは、普通、両者に因果関係があるかどうかは、わかりません。
 それなのに、この記事は続けて次のように断定します。
 「持続的に物価が下落する『デフレ』の原因が家計消費支出の減少にあることがわかります」
 「えっ、どうして?」と、普通の読者なら思います。
 記事につけられた、「家計消費支出と消費者物価」のグラフをみると、2008年から2011年の棒グラフ(家計消費支出対前年比増減率(名目))と、同時期の折れ線グラフ(消費者物価指数対前年増減率)の動きが、おおざっぱにいえば、似ています。
 しかし、よくみれば、2008年は家計消費支出の増減率がわずかにマイナスなのに、同年の消費者物価指数は1%以上のプラスになっています。
 確かに、2009年と2010年の2年は、ほぼ同じようなマイナス幅です。
 ところが、2011年は、家計消費支出がマイナス3%近い落ち込みを示しているのに、消費者物価指数は、マイナス0.5%よりも幅が小さい、わずかな減少にすぎません。
 例示された4年間の統計数値の比較で、似ているのは2年間だけです。
 こんな分析で、なぜ、「デフレ」の原因が、「家計消費支出の減少にあることがわかる」といえるのでしょうか。
 新聞記者は、赤旗記者でなくても、最低限、事実に基づき、一定の裏もとって、結論を導き出すという、最低限のモラルを持っていてほしいものです。


 2つの経済統計の動きが似ているだけでは原因だとはいえない

  2つの経済統計の数値の変化が、短期間、少し似ている程度で、一方の経済統計の数値の変化の原因が、もう一方の経済統計の数値の変化にあると断定する論法の間違いは、だれでも冷静に考えればわかるのではないでしょうか。
 2つの経済統計の数値の変化が似ていても、一方が他方の原因とはかぎりません。
 原因と結果が逆ということもあります。
 偶然の一致ということもあります。
 科学的に分析するうえで必要なのは、さまざまな角度から因果関係を詳しく分析することです。
 この記事の分析の場合、4年間ではなく、もっと長期的な関係も観察しなければならないでしょう。
 「デフレ(この記事は、持続的な物価下落をこう定義している)」の原因を探るのが目的なら、家計消費支出の統計だけでなく、もっと別の、いろいろな関連する可能性のある経済統計との比較も必要です。
 物価に影響するであろう、国産品と競合する、安い輸入品の価格や数量の統計(貿易統計がある)との比較も考えられます。
 通貨価値の変動を見るためには、日銀がどれだけ国債を引き受けているのかを示す統計(日銀の貸借対照表など)との比較も必要でしょう。
 国民のフトコロぐあいを左右する賃金額の推移を示す統計や、年金額などの社会保障の給付額を示す統計も必要かもしれません。
 また、消費者物価の統計そのものの詳しい分析も必要です。
 どういう商品・サービスの価格が下落し、その原因は何か、という分析です。
 価格が上昇している商品・サービスも、その原因を分析しなければなりません。
 価格が下落した商品・サービスや、価格が上昇した商品・サービスの価格を総合して、この消費者物価指数が計算されているからです。
 その計算の仕方が正しいかどうかも当然、検証しなければなりません。
 この記事は、そういう多角的で慎重な分析をしているでしょうか。
 そういう分析をした形跡がないのが、この記事の特徴です。


 消費税導入と消費税率引き上げの影響を無視するのか?!

 本文を読み進めていくと、さらに驚くのは、この記事が1985年以来の2つの統計数値を比較しながら、その中で、消費者物価指数を大きくプラスへ動かした2つの大事件をまったく無視していることです。
 2つの大事件とは、1989年4月からの消費税(税率3%)導入と、1997年4月からの消費税率の引き上げ(税率3%から5%に引き上げ)のことです。
 1989年に家計消費支出が3%近くプラスに伸びたのは、消費税導入が主な原因であったことは、当時の経済統計を多少とも分析した記者なら、知っていることです。
 完全に3%プラスでないのは、消費税導入が4月からであり、暦年ベースでは誤差が生じるからでしょう。
 1997年に家計消費支出が2%近く伸びたのも、消費税率引き上げが原因です。こんなことは、当時の国民の常識でした。
 ところが、この記事は、1989年のことも、1997年のことも、すべての期間に渡って、「家計消費支出が減少した翌年に、消費者物価指数がマイナスに転じていることから明らかなように、『デフレ』最大の要因は家計消費支出が減少していることです」と分析します。
 あたかも、消費者物価指数の変動は、家計消費支出の変動が「要因」と言いたいようです。
 歴史的事実は、消費者物価指数(この統計数値は消費税分も含んでいる)の変動が、家計消費支出という国民負担の変動の「最大の要因」でした。逆ではありません。
 この記事の論証は、少なくとも1989年と1997年の2つの統計数値の大きな変動時については、明らかに成り立っていません。


 根拠データとも食い違う結論を押し付けていいのか

 さらに、この記事がおかしいのは、1995年以来の2つの統計数値の比較のグラフを解説して「家計消費支出が減少した翌年に、消費者物価指数がマイナスに転じていることから明らかなように、『デフレ』最大の要因は家計消費支出が減少していることです」と断定していることです。
 この記事につけられたグラフには、バックデータが入っていないので、私がそれを調べてみました。
 このバックデータ(ここをクリックしてください)をよくみると、家計消費支出が減少したのは、のべ14カ年ですが、これに対応して消費者物価指数が翌年にマイナスに転じたのは、のべ9カ年だけです。
 5カ年は、家計消費支出が減少したのに、消費者物価指数は翌年にプラス、あるいはプラス・マイナスゼロになっています。
 1996年の家計消費支出は、対前年比0・06%減ですが、翌1997年の消費者物価指数は対前年比プラス1・88%です。
 2003年も、2005年も、2006年も、家計消費支出は減少しているのに、翌年の消費者物価指数は、マイナスではありません。
 2つのデータの因果関係を論証したい場合、14例のうち5例(35・7%)が当てはまらないとわかれば、そういう因果関係はないと考えるのが、科学的な態度でしょう。
 また、「家計消費支出の減少」が「消費者物価指数」を、「翌年」にマイナスに転じさせるという説明も、なぜ、「翌年」なのかの合理的な理由も示されていません。「翌年」ではなく、「同年」であってもいいはずです。
 この記事が、「『デフレ』最大の要因は家計消費支出が減少していること」と、大上段に結論づける最大の根拠が、崩れ去ってしまいました。
 この記事は、初めに結論ありきで、みずから示した根拠データにさえ、真剣に向き合っていないことがうかがえます。


 原因を分析したいのは、物価下落なのか賃金下落なのか

 この記事は、次のような安倍政権の「デフレ対策」批判を展開します。
 「安倍首相の『デフレ対策』はお金をどんどん供給して物価を上げようという考えで、大企業を支援する政策はあっても、賃金を引き上げる政策はありません」
 ちょっと待ってください。
 そもそも、この記事は、「デフレ(持続的な物価下落)」の原因を「家計消費支出の減少」と分析し、だからこそ、賃金の上昇で家計消費出支出を増加させれば、「デフレ」を脱却できるという構成でした。
 「デフレ」脱却がこの記事の目的でしょう。
 「お金をどんどん供給」すれば物価が上がることを認めた上で、「賃金を引き上げる政策はありません」と、そのやり方に注文をつけるのなら、この記事は、いったい何を論証しようとしているのでしょうか。
 「賃金を引き上げる政策」が必要なことを論証したいのなら、「デフレ」の原因をあれこれ分析する必要はなく、「賃金の持続的な下落」の原因こそ、探るべきでしょう。
 しかし、この記事は、そういうものではありません。
 


 実質的賃下げになる物価上昇が、どうして労働者の要求になるのか

 そもそも、労働者の目線で考えれば、賃上げは労働者の最大の要求ですが、物価を上昇に転じさせることは、賃上げそのものを帳消しにすることであり、労働者の要求とは、相反するものです。
 せっかくの賃上げも、それが「原因」となって消費者物価が上がれば、実質賃金は目減りし、賃金で購入できる商品・サービスの量は減少するということは、労働者の常識です。
 例えば、賃金を月25万円から2%アップしても、それが「原因」になって家計消費支出が増加し、消費者物価が2%アップしたら、実質賃金は、賃上げ前と同じ水準になり、賃上げの意味がなくなります。
 「物価を上昇に転じさせる」ことを「持続的な物価下落からの脱却」、つまり、「デフレからの脱却」と呼んで、それを国民の経済要求のトップにした共産党の志位委員長の主張が、本音のところで、国民の共感を得られないのも、こうした労働者の正常な判断力を軽視しているからです。
 「賃金を上げる政策こそ必要」というなら、賃金変動が物価変動の主要な原因という、とんでもない「デフレ」論を撤回すべきです。
 賃上げは、物価上昇の原因にはなりません。
 賃上げを口実にして商品価格の上昇、つまり、物価の上昇に連動させようとするのは、マルクスの時代から、資本家による労働者の搾取拡大の常套(じょうとう)手段です。
 賃上げを物価上昇の口実にさせない理論こそ必要なのです。


 「『デフレ』の主役はIT」という画期的な記事が掲載される

 赤旗記事を批判ばかりするのは、少し気が引けます。すばらしい記事もあるのです。
 消費者物価指数の下落の原因については、その後、赤旗に、「『デフレ』主役はIT――『品質調整』が見かけの値下げ演出、一方で必需品値上げも」(2013年1月19日付の経済面トップ)という、画期的な記事が掲載されました。(PDF参照
 なぜ、この記事が画期的かというと、消費者物価統計を品目ごとに詳しく分析して、「継続的な物価下落(共産党はこれをデフレと定義している)」の主な原因が、テレビやパソコンなどの「IT関連商品」の価格の下落であり、しかも、その下落は、本当の下落ではなく、「品質改良」や「性能の向上」などの「機械の進歩」による、見かけ上の物価下落であることを明らかにしているからです。
 要するに、2011年の消費者物価指数は全体で前年比0・3%マイナスになっているけど、マイナスになっている主要な商品・サービスの物価指数は、テレビやパソコンなどの「性能の向上」などを統計処理しただけのことで、テレビやパソコンの価格は実際には、それほど下がっていないということです。
 また、この記事が面白いのは、価格がもっとも下落した商品・サービスの1位が、「公立高校授業料」のマイナス94・1%であるということを明らかにしていることです。
 もちろん、これは、当時の民主党政権が実施した高校授業料無償化によるものです。この物価下落の原因は当然、家計消費支出の減少ではありません。
 テレビやパソコンなどの商品の「性能の向上」や、高校授業料の無償化などが、「デフレ」という継続的物価下落の「最大の原因」ということが事実なら、あの「やっぱり『デフレ』の原因は家計消費の減少」と題した記事は、やっぱり誤りであったということを、同じ赤旗の記事が明らかにしたということになります。


 「為替レートと購買力平価の乖離」による逆輸入商品の物価下落圧力を示唆

 いずれにしても、この記事は、実に興味深い。
 さきほどの公立高校事業料の無償化や、パソコン、テレビなどの「性能の向上」などの「値下がり品目」を除くと、消費者物価指数は事実上、2011年は上がっているということも示唆しています。
 消費者物価指数が前年比でプラスになっているのなら、これは、政府の定義でも「デフレ」とは言えなくなるはずです。
 安倍政権の国民犠牲の「デフレ対策」の「必要性」さえなくなるのです。
 また、「値下がり品目」をよく見ると、ビデオレコーダーやパソコン、テレビ、電気洗濯機、家庭用ゲーム機、電子レンジなど、いまや、ほとんどが「メイド・イン・チャイナ」と言われる輸入電機製品が占めています。
 これらは、日本の多国籍企業が中国などの海外で生産した商品の逆輸入であることが特徴です。
 「チャイナ・プライス」などと言われ、日本の多国籍企業が逆輸入する電機製品が、消費者物価下落の主犯であることを示唆しています。
 為替レートと購買力平価の乖離を利用した日本の多国籍企業の海外進出と、その結果による破格に安い海外生産の商品の逆輸入が、産業空洞化といわれる日本の経済危機の本当の原因ではないか。


 矛盾と混迷深める「デフレ不況打開」のスローガン

 残念なことは、こんな画期的な記事が自分たちの機関紙に掲載されても、赤旗や同党の一部幹部は、その後も依然として「デフレ不況」という言葉を繰り返していることです。
 2013年1月30日付の赤旗の1面トップ記事の見出しは「『デフレ不況』打開に逆行、生活保護費・地方交付税削減――13年度予算案総額92兆6115億円、閣議決定」というものです。
 この政府予算案では、地方交付税の削減などで、さまざまな地方自治体の公共料金・公共サービスの値上げなどを招来します。その結果、消費者物価指数はさらに上がるでしょう。
 これは、物価の持続的下落を反転させ、物価を上昇させることになります。
 政府予算案で「デフレ脱却」は実現され、「デフレ不況」は「打開」されるのです。
 それなのに、政府予算案を「『デフレ不況』打開に逆行」と批判するとは、矛盾もはなはだしい。
 ただ、政府予算案が次にもたらす経済危機は、「デフレ不況」より、さらに深刻な、物価の持続的上昇を伴う不況、つまり「スタグフレーション」です。
 日本共産党は、それでも「デフレ不況」という誤った現状規定をし続けるのでしょうか。
 


《追伸@。2013年2月20日記》


 2月6日付の赤旗には、「デフレというが日常品値上がり」という、説得力あるいい記事(ここをクリックしたら読めます)が再度、掲載されました。
 その記事はいいます。
 「…政府は『価格の継続的な下落』を『デフレ』としています。一方、政府統計は生活必需品の多くが下がっていないことを示しています」
 そして、1月25日に発表された2012年平均の消費者物価指数が総合指数で前年比0・0%となったことを紹介しています。
 これは、2009年から3年連続して前年比マイナスになっていた消費者物価指数の下落がストップしたことを示しています。
 つまり、2012年に日本は「デフレ(継続的物価下落)」から「脱却」したことを意味します。


《追伸A。2013年2月20日記》


 2013年2月17日付の赤旗に、中央大学名誉教授の今宮謙二さんが書いた、目が覚めるような書評「アベノミクス指南役・浜田宏一著『アメリカは日本経済の復活を知っている』を読む」が載りました。(ここをクリックしたら、この書評が読めます)
 今宮さんと言えば、有名なマルクス主義経済学者で、金融が専門の学者です。
 また、今宮さんが厳しく批判しているのは、安倍内閣の下、日銀の次期総裁候補にも名前が挙がる、代表的な「デフレ論者」(いまの日本経済を「デフレ」とよび、インフレ・ターゲット導入を主張する人たちがこう呼ばれている)の浜田宏一イェール大学名誉教授です。
 今宮さんの書評で、とくにすばらしい浜田説の批判を紹介します。
 「本来厳密にいえばデフレやインフレは貨幣現象をさします。しかし日本経済の長期不況は貨幣現象としてのデフレではなく、過剰生産体制と財政危機・金融不安の一体化した構造的問題が未解決のために生じているのです。またデフレもいま持続的物価下落の意味で使われています。仮に浜田氏が指摘する貨幣不足によるデフレならば、日銀に金融緩和を求めて貨幣供給を増やす必要があるでしょう。しかし現実はまったくちがうのです」(下線は私が強調したいところ)
 本来厳密にいえば「デフレ」と呼ぶべきでない持続的物価下落を、時流に迎合して「デフレ」と呼び続けていては、「デフレ論者」を科学的に批判する資格がないということでしょう。
 今宮さんは、この書評でも、その他の論評でも、いまの不況を絶対に「デフレ不況」とは呼ばず、一貫して「不況」と呼んでいることでも注目されています。
 「不況脱却には金融緩和による物価上昇ではなく、国民の暮らし向上が必要なのです」(同書評)との今宮さんの言葉こそ、日本共産党の本来の主張です。
 奇をてらわず、時流におもねず、正確な科学的用語を使って、事実に基づいて分析することこそ、共産党には必要なのではないでしょうか。


《追伸B。2013年2月22日記》


 上記の私の論評で言及しているように、例の問題記事は「01年3月には、政府が日本経済が『緩やかなデフレ』に落ち込んでいると宣言しています」と、自民党政府(当時は森内閣)の意図的な言葉使いをそのまま、肯定的に紹介しています。
 では、2001年3月当時日本共産党の評価もそういうものだったのでしょうか。
 それは、肯定的どころか、政府の「デフレ」という評価を厳しく否定するものでした。
 それを示す、当時の赤旗の主な記事を以下に紹介します。
 (1)2001年3月20日付経済面の連載「どうする日本経済――『構造改革』論議の内実」3回目、「原因と結果とり違え」という記事。(ここをクリックしたら、この記事が読めます)
 ・この記事では、1990年から2001年までの消費者物価指数と家計消費支出の実質増減率の推移のグラフを掲げ、その変化が、似ているどころか、逆方向に動いていることを示しています。
 この点について、同記事は「物価と個人消費の関係は、消費者物価指数と家計調査の消費支出のこの間の動き(図)をみると、よくわかります。消費者物価は、バブル崩壊後、上昇がストップ。それを97年4月の消費税率引き上げで、むりやり約2%引き上げた結果、個人消費は大きく減少しました」と分析しています。
 例の「問題記事」とまったく同じ消費者物価指数と家計消費支出のデータを使って、「問題記事」とは逆の結論を導き出しています。
 つまり、消費者物価の引き上げが原因となって、家計消費支出(ただし、この値は物価変動の影響を除いた実質増減率)が「おおきく減少」したと分析しているのです。
 また、そのなかで、物価が下落している商品は、ユニクロの衣類など、輸入品であるということも、当時の現場の関係者の話を入れてリポートしています。
 どちらの分析が正しいか、ぜひ、よく考えていただきたい。
 (2)2001年4月4日付経済面の「消費者物価の下落なぜ?――日銀調査」という記事。(ここをクリックしたら、この記事が読めます)
 ・この記事では、日銀の「消費者物価に関する『輸入・輸入競合商品とその他の商品』の比較調査」を紹介し、「衣料や加工食品など、低価格の輸入品の流入急増が最近の消費者物価の下落の大きな要因になっている」と結論づけています。
 詳しい分析の方法は、記事そのものを読んでいただければ幸いですが、消費者物価下落の原因を、単純に家計消費支出の増減と比べるだけでなく、輸入品・輸入競合品の消費者物価とその他の消費者物価との比較や、輸入品や国産品の消費財供給数量との比較など、多角的で慎重な分析を試みています。
 (3)2001年9月1日付経済面の連載「日銀の量的緩和策――その行きつく先は」3回目、「『インフレ目標』導入の大合唱」という記事。(ここをクリックしたら、この記事が読めます)
 ・この記事の注目点は、自民党政府(このときは小泉内閣)が、当時の不況を「デフレ」と呼び、だから、インフレ・ターゲットが必要だと日銀に圧力をかけていると告発していることです。
 ・また、パソコンを例にした「物価(商品価格)の変動のしくみ」という図をつけて、次のような解説をしています。
 「いまの日本経済で起こっている物価下落は、需要(個人消費など)不足や海外からの安い商品の輸入急増という、もっぱら需給関係と商品側の要因によるものです。つまり、日本では、『通貨価値の増加による物価下落』という意味での『デフレ』は起こっていないのです」
 この記事は、明らかに当時の日本共産党が、需要不足による物価下落を「デフレ」と呼ぶことの誤りを自覚しており、「デフレ」の定義も「通貨価値の増加による物価下落」と正確に認識していたことを示しています。
 (4)2002年3月12日付経済面の連載「経済危機とデフレ対策」3回目、「インフレを起こせ″」という記事。(ここをクリックしたら、この記事が読めます)
 ・この記事は、小泉内閣が日銀に「デフレ対策」として「国債の買い切りオペ」を強要していることを告発しています。この「国債の買い切りオペ」こそ、財政法でも禁止されている事実上の「日銀の国債引き受け」であり、通貨価値を減少させてインフレを起こす「インフレ政策」であることを解説しています。
 ・この記事の結論部分に注目ください。
 「いま物価が下落しているのは、個人消費が大きく落ち込んでいるためです。それに、低価格の輸入品の流入、生産性の向上なども影響しています。通貨価値の増加が原因ではありません。求められるのは、個人消費の拡大策や、大企業の身勝手なアジアへの生産移転、輸入急増への民主的規制など、国民生活を守る景気対策です」
 なんとすばらしい政策でしょうか。
 物価下落がストップしているという点を除けば、いまの日本経済の危機への処方箋として十分、通用する内容です。
 とりわけ、「大企業の身勝手なアジアへの生産移転、輸入急増への民主的規制」は、いまの共産党の経済政策から抜け落ちてしまっているだけに、重要な政策です。
 「デフレ」とか「デフレ・スパイラル」という、2001年当時、自民党政府や御用学者が「インフレ政策」を強行するために使っていたまやかしの言葉を使わなければ、上記のようなすばらしい政策を共産党は考え出すことができたのです。
 それなのになぜ、共産党は最近になって急に、これらの言葉を多用するようになったのでしょうか。
 間違った政策であっても、打ち出した政策にあくまで固執し、国民からどんな意見が出されても、立ち止まって謙虚に再検討ができないというのでは、本当の民主主義政党とはいえません。
 共産党の誠実な対応が求められています。

(以上)

☆ページトップに戻る

☆トップページに戻る