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(2016年4月12日からカウント)


☆論評「『東アジア共同体』構想に断固反対する」

 (2012年8月22日初稿、何回かの改定後の2013年10月6日に確定)
           経済ジャーナリスト 今田真人

 歴代の自民党政権や、その後に成立した民主党政権は、財界の強い要望を背景に、中国や韓国、日本など、東アジア諸国を入れた「東アジア共同体」構想の具体化を進めています。
 この構想には、日本共産党の一部論者も事実上、同調するなど、事態は予断を許しません。
 筆者は、この構想に当初から反対を表明してきました。
 改めて、その反対の理由をのべたいと思います。
 なお、本論評では、日本共産党の諸文書などを批判的に引用しますが、同党の綱領的方針に賛成する立場からの理論的考察であり、同党の名誉を傷つけることが目的ではないので、ご了承ください。


〈日本の多国籍企業の資本進出の支援策〉

 まず、日本の財界が、「東アジア共同体」構想をどのように考えているのかをみましょう。
 日本の財界、日本経団連は2007年10月16日、提言「対外経済戦略の構築と推進を求める」を発表しました。その中に、「『東アジア(経済)共同体』の構築に向けた検討」という項目が出てきます。
 その内容は、徹頭徹尾、日本の多国籍企業が東アジア途上国へ資本進出するための優遇策の列挙です。
 しかも、その大きな柱になっているのが、日中韓FTA(自由貿易協定)と投資協定の早期締結です。
 FTAとは、加盟国間の関税を撤廃する国際協定のことです。
 関税は、各国の経済主権を維持するうえで、昔もいまも、最大の国境措置の1つです。それをなくすということは、経済主権を放棄するようなものです。
 日中で関税をなくせば、外国為替の「為替レートと購買力平価の乖離」による10倍、あるいは20倍にも及ぶ日中など商品価格の格差が、ストレートに貿易商品の価格に影響します。
 日本の関税は、WTO(世界貿易機関)体制の下、どんどん縮小されてきました。それでも、日本の農家や中小企業などの懸命な努力で、一定の関税水準が維持され、日本の国産商品の生産が守られてきたのです。
 「東アジア共同体」の名で、関税が撤廃されれば、これまでなんとか守られてきた日本の農業などの国内産業が、壊滅的打撃を受けることは、あまりに明らかです。
 新著で詳しく分析しているように、この「乖離」は、日中間で生産性がほぼ同じ商品(その典型が日中の農産物)であっても、中国産のその商品を輸入すると、日本での価格を10分の1、あるいは、20分の1にしてしまいます。
 「円高と円安の経済学のページ」の「E新著関連の情報・データ」、「日中の商品別の価格、為替レートと購買力平価の乖離」で示しているように、じゃがいも1kgの小売価格は、国産が317円ですが、中国産は日本にそのまま輸入すれば、約18分の1の18円になってしまいます。日本の主食のコメも、1kgの小売価格は、国産が438円ですが、中国産は約9分の1の49円で輸入できるのです。
 韓国産の農産物なども、日韓の「為替レートと購買力平価の乖離」で、日本へ輸入すれば、大幅に安くなります。
 しかも、この「乖離」は、日米などの大銀行(国際金融資本と呼ばれる)や、日米などの多国籍企業が、途上国への資本進出や日本への逆輸入・開発輸入を、圧倒的に有利にするために作り上げてきた、大企業・多国籍企業のための外国為替の仕組みです。
 この不当な仕組みを温存しながら、関税だけを撤廃するという構想は、まさに日本の財界・多国籍企業の要求そのものであり、絶対に認められません。


〈日中韓FTAに対する批判的見地の欠落〉

 これまで発表されている「東アジア共同体」構想で共通しているのは、日中韓FTAに対する批判的見地の欠落です。
 日中韓FTAは、先に紹介した日本経団連の「提言」(2007年10月16日発表)で、東アジア共同体の構築にむけての「不可欠のステップ」とされているものです。
 民主党政権(2012年8月当時)は、この財界の要求に沿って、日中韓FTAの推進を掲げ続けていました。現在の安倍・自民党政権も、それをそのまま引き継いでいます。
 日本の歴代政権の構想に、日中韓FTAに対する批判的見地がないというのは、これらの政権の財界との癒着構造を考えれば、当然かもしれません。
 問題は、日本共産党の一部論者による構想への見地です。
 いわく、「自由貿易協定(FTA)を柱とした経済連携協定(EPA)の交渉開始、東アジア共同体構想の実現努力でインドネシアと合意したことになり、日本のEPA締結国は二、交渉国は五になりました(締結国のメキシコ以外は東アジアの国々)。日本は東南アジア諸国連合(ASEAN)との交渉を開始しています。ASEANと日中韓の東アジアで、域内貿易比率は五割を超え、日中貿易額が日米貿易額を上回るなど、経済的な相互依存関係が深まっています。…東アジア共同体の具体的な構想は固まっているわけではありませんが、経済協力をはじめ多面的な協力関係を築きながら共同体形成をめざすという点には、官民問わず共通性がみられます。…FTAにせよEPAにせよ、もともと政治、経済制度や発展段階の違う国々が、相互の関係でも各国内の調整でも、地域的な協力の利点を生かしてそれぞれの利益を増進しようというものです。東アジア共同体へつなげようとするなら、二国間でも、多国間機構との間でも、違いを認識しつつ、多面的な協力の枠組みをつくっていく必要があります」(赤旗2005年6月8日付「主張ーー東アジア共同体、分断と対立でない未来志向で」)
 日本の多国籍企業の東アジア諸国への資本進出と、その企業内分業による貿易額の増大で、域内貿易比率が高まったことを、各国間の相互依存関係の深まり、地域的な協力関係の増進として積極的に評価する、驚くべき主張です。
 しかも、この主張には、東アジア諸国とのFTA・EPAに対する批判的見地がまったくなく、むしろ、賛成・推進の見地さえ見受けられます。
 なぜ、共産党の一部論者が、日中韓FTAという、日本の多国籍企業の東アジアへの資本進出の条件整備の枠組みに、このように無批判になったのでしょうか。
 なお、「無批判」であるという筆者の指摘が信じられない方には、赤旗や共産党の選挙政策をご覧ください。どんなに探しても、日中韓FTAを批判する見解が過去から現在まで、まったく見当たらないということがわかります。一方で、東アジア地域以外の国とのFTAについては、批判や反対を表明する見解が見受けられます。
 要するに、FTAに対して、対象の国が東アジアに属しているかどうかで批判したりしなかったりする皮相な態度なのです。
 これが象徴的にあらわれているのが、現在、大問題になっているTPP(環太平洋連携協定)への態度です。
 共産党の一部論者の態度は、TPPがFTAの一種であり、関税を撤廃することで日本農業を崩壊に導くといった、本質的な批判が中心ではありません。
 TPPがアメリカ中心のFTAであり、東アジアの主要国(つまり、中国)が除かれていることを取り立てて問題にするのが特徴です。TPPは事実上、日米FTAである、だから反対だ″という論理です。
 同党の一部論者がこの論理を強調すればするほど、日米FTAは相手が東アジアの国ではないから反対だが、日中韓FTAは相手が東アジアの国だから賛成だというふうに聞こえてしまいます。
 そうなったのはなぜか。それは、同党が2004年1月の第23回党大会で綱領から「日本独占資本の帝国主義的対外進出に反対」という従来の記述を削除したことがきっかけでした。それと前後して、同党の一部幹部が、日本の多国籍企業の途上国への資本進出、とりわけ、中国への資本進出を容認するようになったことが背景です。
 途上国への資本進出の条件整備の一つ、投資協定への同党の国会での態度も、2001年以降、それまでの反対から、一転して賛成に変わりました。途上国とのEPA・FTAへの態度も、ほぼ同じ時期から、相手が東アジアの国なら賛成する場合も出始めるなど、大きな態度変更の意図をうかがわせます。
 こうして、日本の多国籍企業の途上国への資本進出を容認する見地の延長線上に、「東アジア共同体」を推進する論調が、一部論者によって一方的に主張されていきます。


〈「経済統合」と「平和の国際秩序」は別物〉

 2006年1月の共産党の第24回党大会報告では、まわりくどい言い方ですが、次のような文章が盛り込まれました。
 「平和の共同体をめざす動きが、大きく広がっている東アジアのなかで、21世紀の日本がすすむべき道は、東アジアの一員として、各国の政治的・経済的主権を尊重し、自主的な地域の共同体の発展に積極的に貢献する方向にこそある。…東アジア共同体の動きは、通貨危機などの教訓をふまえ、アメリカと対等・平等の関係をもつ自主的な経済圏をめざす動きであります」
 1997年のアジア通貨危機は、アメリカのヘッジファンド(国際的投機集団)などの国際金融資本の為替投機が中心になって発生しました。その教訓とは、国際金融資本の為替投機に対して、アジア諸国が共同して規制すれば対抗できたのではないかという反省だと考えられます。
 アジア通貨危機の教訓については、筆者は少し別の見解を持っていますが、それは、ここでは触れません。関心のある方は、拙稿「アジア通貨危機の本当の原因は何か――『タイ中央銀行調査報告書』についての考察」(『前衛』2000年4月号所収)を参照してください。
 それはともかく、共産党の大会報告に盛り込まれた一部論者の論理は、「通貨危機などの教訓」から「アメリカと対等・平等の関係をもつ自主的な経済圏」の肯定へ、一気に飛躍させる乱暴なものです。
 アメリカのヘッジファンドなどが行う為替投機を、アジア諸国が協力・共同して規制することと、「アメリカと対等・平等の関係をもつ自主的な経済圏」をつくることとは、同じではありません。
 もちろん、この共産党の大会報告が、財界による「東アジア共同体」構想と違い、東アジア地域の対米従属の経済関係の見直しを強調していることはわかります。
 東アジア地域の一員、日本についていえば、安保条約を廃棄し、アメリカへの経済的従属関係をなくして、対等・平等の日米友好関係をめざすということは、共産党の綱領路線であり、筆者も賛成です。
 「平和の共同体」という流行の言い方で、平和の国際秩序の建設、つまり、東アジア諸国間の紛争の平和的解決の枠組みを広げるとしていることも、言い方は不正確で誤解されやすいとしても、積極的に評価できます。
 しかし、だからといって、FTAやEPAに賛成し、多国籍企業の途上国への資本進出を容認する「東アジア共同体」という地域の経済統合構想に、賛成することはできません。
 地域の経済統合は、平和の国際秩序の建設とは別次元の話であり、「共同体」という名前で混同させてはなりません。
 地域の経済統合を意味する「東アジア共同体」構想は、関税を撤廃し、日本の農業を崩壊させます。また、日本の多国籍企業の途上国への進出を促進し、日本の産業空洞化をいっそう進行させます。
 こんな構想には断固として、反対する以外にありません。


〈経済主権を制限され、日本革命の展望を閉ざす〉

 さらに根本的な欠陥として、「東アジア共同体」は、日本の主権が及ばない他国との経済統合であり、日本を含め、各国の経済主権を制限せざるをえない体制であるということです。
 地域の経済共同体の先例であるEU(欧州連合)をみれば明らかなように、他国との経済統合を進めていけば、一国の経済主権は、どんどん制限されていきます。
 具体的には、関税などの国境措置がなくなり、通貨も共通通貨となっていきます。商品の輸出入の制限もなくなり、労働者の移動の制限もなくなっていきます。
 地域の経済共同体は、複数の国が加盟する「共同体」を、あたかも一つの国家のように扱うことになるのですから、複数の加盟国政府の上に、さらに連邦政府のような統治機構を置くことにもなるでしょう。
 そうなると、一国の労働者の権利を高めたり、消費税などの税金を減税したりしようとしても、いちいち、連邦政府のような統治機構に、おうかがいをたて、その指示をあおがなくてはならなくなります。つまり、一国の経済・財政の運営について、「共同体」の統治機構が干渉し、制限するようになります。
 最近のギリシャの民主的改革とその挫折という事態が典型です。EUという地域の経済共同体が、一国の経済主権を侵害し、「新自由主義」の経済政策を加盟各国に押し付ける機構になっていることを、全世界に示しました。
 「東アジア共同体」構想も、例外ではないでしょう。
 それは、日本の経済主権が将来、大なり小なり制限されていくことを示唆しています。いくら「各国の政治的・経済的主権を尊重する」とさけんでも、国境をなくし、国家を事実上、統合していくのですから、各国の主権は当然、制限されていきます。
 これは、日本自身の民主的改革の道(「日本革命の展望」)を制限し、閉ざすことにもつながります。
 以上、どのように考えても、日本社会がいま、本当に必要とする民主的改革は、「東アジア共同体」への参加などではありません。
 産業空洞化を進める多国籍企業への民主的規制や、脱・原発の実現など、他国の政治・経済の動向に左右されない自主独立の、日本の国民自身による民主的改革こそ、求められているのです。
(以上)

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