(2016年4月12日からカウント)
☆論評「投資協定とは何か、なぜ問題かーー大政翼賛会的な言論状況を憂う」
(2012年9月5日初稿、何回かの改定後の2013年9月18日に確定。記事の最下段に確定後の追記あり)
経済ジャーナリスト 今田真人
投資協定とは何か、なぜ問題か。ほとんどの国民は何も知らされていません。
それは、大手メディアがほとんど取り上げていないからです。
そのため、日本と途上国との投資協定が、国会でもほとんど議論がされないまま、全党・全会派一致で次々と可決・承認されています。
しかし、その内容は、以下に見るように、いま大問題になっているFTA(自由貿易協定)やTPP(環太平洋連携協定)以上に、国民にとって大変危険なものです。
本稿は、こういう大政翼賛会的な、異常な言論状況を踏まえ、書き上げました。
〈「投資の自由化」とは日本の多国籍企業の応援〉
日本と途上国との投資協定の1つ、日・カンボジア投資協定を例にとれば、その正式名称は、「投資の自由化、促進及び保護に関する日本国とカンボジア王国との間の協定」となっています。
「投資の自由化」という語句は、2002年の日・韓投資協定以来、日本が締結してきた、すべての投資協定に共通してつけられています。
では、「投資の自由化」とは何でしょうか。
日本政府の説明では、投資協定とは「海外に投資した企業等や投資財産の保護、規制の透明性向上等により、投資を促進するための条約」(経済産業省のホームページの解説)とされます。
ですから、「投資の自由化」とは、企業の海外への投資の「促進・保護」ということになります。
また、「海外に投資」するような企業とは、日本と途上国を比べれば、圧倒的に日本の巨大な多国籍企業でしょう。
途上国には、海外に進出するような巨大な多国籍企業が少なく、だからこそ、途上国と言われるからです。
結局、「投資の自由化」をする投資協定とは、日本の多国籍企業の途上国への資本進出(資本輸出とも言われる)を応援する国際協定ということになります。
〈TPP以上に日本の産業を破壊する協定〉
日本の多国籍企業は、アジアの途上国に利益獲得のために進出しています。
その利益獲得の主な方法は、筆者の新著で明らかなように、外国為替の「市場レートと購買力平価の乖離」を利用した、途上国の「異常に安い労働力」の利用と、途上国で生産した「異常に安い商品」の逆輸入・開発輸入によるものです。
こうして日本の多国籍企業の資本進出は、日本の生産拠点の海外への移転により国内産業の生産活動を中止に追い込みます。
また、進出先で生産した商品・食料品を日本に逆輸入することにより、さらに、その異常な価格競争力で国内産業の再生産を破壊します。
国内産業の途上国への移転と、途上国からの逆輸入商品の流入という、2つのルートで、途上国への資本進出は、国内産業に対し、破壊的作用を及ぼします。
つまり、日本の多国籍企業の資本進出は、日本の産業空洞化や食料自給率の低下、日本の労働者の賃下げ・労働条件低下をもたらします。
それを応援する投資協定は、日本の産業空洞化などを進める国際協定ということになります。
FTAやTPPについては、主に関税の撤廃を通じて、国内農業などが破壊されるという、国民的批判が広がっています。
投資協定は、関税撤廃ではなく、多国籍企業の資本進出を通じて、日本の産業を破壊します。
その破壊力は、FTAやTPPどころではありません。
なぜなら、関税は税率ゼロ以上に低くはできませんが、資本進出は、外国為替の「乖離」という不公平な仕組みが温存されるかぎり、限りなく推進されるからです。
〈「毒素条項」など途上国の経済主権を制限〉
次に、日本が締結している投資協定の具体的な条項を見てみましょう。
経済産業省によると、その条項は、大きく言って2つの種類に分かれるといいます。(同省編集『不公正貿易報告書2012年版』P628〜)
1つが、伝統的な「投資保護協定」の内容といわれるもので、投資受け入れ国政府による没収や、法律の恣意的な運用から、投資財産を保護するための条項です。
これは、一般的に言って、外国に投資をする投資家の財産を不当に没収することを防止するという意味で、必要な条項かもしれません。
問題は、もう1つの種類です。
それは、1990年代以降の投資協定に、ほとんど盛り込まれている、資本進出の「参入障害」をなくすための条項です。
同省があげた事例には、投資後だけでなく投資許可段階を含めた途上国の「現地調達要求」や「技術移転要求」などの投資規制を禁ずるといった条項があります。
さらに、個別の投資契約上の義務違反を協定上の義務違反として途上国政府を「国際的仲裁機関」に日本の多国籍企業が訴えることができるという条項もあります。
これは「ISD条項」と言いますが、米韓FTA交渉では、「毒素条項」の1つに数えられて批判の的になり、一躍有名になりました。
この「ISD条項」が、日・カンボジア投資協定や、日・ラオス投資協定、日・インドEPA〈FTA部分と投資協定部分(「投資章」と呼ばれる)で構成〉などに盛り込まれています。
これらの条項は、日本側ではなく、資本進出先の途上国側の経済主権を制限するという点で共通しています。
〈途上国の労働者のストなどの弾圧も合法化〉
多国籍企業の途上国への資本進出の場合、進出先の労働者の権利が保障されているかどうかが気になります。
例えば、途上国にある日系企業の労働者が、賃上げや待遇改善のためのストライキをした場合はどうなるでしょうか。
日本と途上国の投資協定のほとんどの前文に次のような文章があります。
「両国の投資を促進する上で労働者と使用者との間の協調的な関係が重要であることを認識し次のとおり協定した」
これを受けて、次のような条項があります。
「一方の締結国は、…自国内の区域内における革命、暴動、国内争乱若しくはこれらに類する事件その他の緊急事態により、自国の区域内にある投資財産に関して損失又は損害を被った他方の締結国の投資家に対し、現状回復、損害賠償その他の解決方法に関し、自国の投資家又は第三国の投資家に与える待遇のうち当該他方の締結国の投資家にとっていずれか有利なものよりも不利でない待遇を与える」(日・カンボジア投資協定など)
難解な文章ですが、要するに、途上国の企業での労働者のストライキと同じように、途上国政府は、日系企業でも対処せよということです。
つまり、途上国の労働法制や権利が劣悪で、ストが違法とされているなら、日系企業の労働者の場合でも、警察などを導入し、それを弾圧してもかまわないということです。
「革命、暴動、国内争乱若しくはこれらに類似する事件」には、労働者のストライキだけでなく、労働組合の結成や、団体交渉など、さまざまな労働者の権利行使が含まれると解釈することができます。
投資協定の前文にあるように、この条項は、あくまで「(多国籍企業の)投資を促進する上で労働者と使用者との間の協調的な関係が重要であることを認識」して締結されたものだからです。
投資協定は、多国籍企業の利益のための協定であり、途上国の労働者の権利保護のための協定ではないのです。
〈共産党は、投資協定賛成の政策を再検討すべき〉
結局、投資協定とは、日本に産業空洞化などの国民犠牲を強いるだけでなく、途上国の経済主権や労働者の権利も制限するという、二重、三重に危険なものであることが明らかになりました。
ところが、こうした投資協定に、日本共産党は国会で、2001年11月の「日・パキスタン投資協定」以降、それまでの反対姿勢をやめ、一転して賛成するようになりました。
このことは、赤旗ではいっさい言及されていません。
繰り返しますが、日本の産業空洞化の最大の原因は、日本の多国籍企業の途上国への資本進出です。
その資本進出を促進する投資協定に賛成することは、日本の産業空洞化に賛成することにつながります。
投資協定に反対の立場に立ってこそ、資本進出に対する民主的規制の具体化に踏み出すことができます。
大企業・多国籍企業に対する民主的規制こそ、日本共産党の綱領的立場です。
「過ちては則ち改むるにはばかることなかれ」(孔子『論語』)
「人間は自分の誤りを自分で改めることができる。知的で道徳的な存在である人間の、すべての美点の源泉がそこにある」(ジョン・スチュアート・ミル『自由論』)
重大な政策でも誤ることは、どんな政党でも、人間集団である以上、ありうることです。
問題は、その誤りに気づいたときの態度です。
日本共産党は、投資協定に対する態度を再検討する時期にきているのではないでしょうか。
(以上)
〈追記〉
@2014年6月13日付「しんぶん赤旗」の記事がすばらしい。「投資協定、多国籍企業の条件整備――参院委、井上議員、承認に反対」。日本共産党が投資協定の反対に回ったことを伝える画期的な内容だ。
公党の政策を批判するということは、やったものならわかると思うが、強い期待の表明でもある。今回の共産党の態度変更は、面子より国民の生活を優先したものと思う。うれしい。
もしかしたら、共産党は本物の国民政党に変わるかもしれない。希望的観測だが…。
写真のPDF版
A見逃していたが、2014年5月23日付の「しんぶん赤旗」にも、「多国籍企業のため、投資協定承認、笠井議員が反対」の記事が載っている。衆院段階での日本共産党の態度だ。久々に共産党らしい国際連帯の立場に立った態度だと思う。投資協定、断固反対。日本共産党の活躍を期待する!
写真のPDF版
日本共産党のHP「しんぶん赤旗」の記事から
B佐々木憲昭議員の質問に安倍首相は「ISD条項については、…我が国がこれまで締結をしてきた15の投資協定、そして九つのEPAにも規定されている」と答弁(2013年3月22日の衆院財務金融委員会)。その投資協定に日本共産党が反対に転じた意味は大きい。
佐々木憲昭衆院議員のホームページから