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(2021年7月8日からカウント)


「業者」の持つ大金はどこから?(2021年7月5日~のツイートから再録)
=フリージャーナリスト、今田真人=


「慰安婦」強制連行を取り締まるという、古今東西共通の警察の役割を放棄した、戦中の日本帝国の警察が、その犯罪的姿を隠すためにウソにウソを重ねたことがよくわかる。とくに軍の周旋人を「民間の悪徳業者」扱いして、軍や警察の関与を否定するのは、現在の歴史修正主義と共通して興味深い。


楠久のボタ山
@aritatoimari

ソックリに見えます。
「周施人」が持つ大金はどこから?


派遣軍担当者らの要請に基づき、内務省警保局長が内地各県知事に指示し、周旋人を選定させ、「慰安婦」を「募集」したのだから、その「大金」はすべて、軍や政府が負担している。それを示すのが、1938年11月4日の内務省警保局警務課長・同局外事課長「支那渡航婦女に関する件伺」。以下引用。


「本日南支派遣軍古荘部隊参謀陸軍航空兵少佐久門有文、及(び)陸軍省徴募課長より、南支派遣軍の慰安所設置ノ為必要に付、醜業を目的とする婦女約4百名を渡航せしむる様配意ありたしとの申出あるたるに付ては、本年2月23日の内務省発警第5号通牒の趣旨に依り之を取扱ふこととし、」


「(承前)左記を各地方庁に通牒し密に適当なる引率者(抱主)を選定、之をして婦女を募集せしめ現地に向わしむる様取計相成可然哉(ようとりはからりあいなり、しかるべくや)=〈私の意訳〉~ように決まったので、そのようにしてください=」。


この1938年11月4日付の内務省警保局警務課長・同局外事課長の公文書の全文も、公文書中にある「本年(1938年)2月23日の内務省発警第5号通牒」の全文も、いずれも拙著『極秘公文書と慰安婦強制連行』のP189~と、P162~に収録している。少し長いが、じっくりと読んでほしい。


また、1938年11月8日付の5府県知事あての内務省警保局長通牒も興味深い。「引率者との契約」と題した個所では「前借金は可成小額ならしむること」などとあり、「引率者」と直接契約する知事が、その資金を提供したことを示唆している。それ以外の資金は「現地軍当局」に依ったと読み取れる。
【この公文書も拙著『極秘公文書と慰安婦強制連行』(三一書房)のP196~に全文を収録している】


1938年11月4日の公文書で読み取れるのは、軍と内務省(知事)との役割分担がされ始めていることである。「本件渡航に付ては内務省及(び)地方庁は之が婦女の募集及(び)出港に関し便宜を供与するに止め、契約内容及(び)現地に於ける婦女の保護は軍に於て充分注意す」。これは負担(つづく)


(承前)だけでなく、「業者」の人的区分にも発展していく。日本内地で「慰安婦」を集めるのは、知事(警察部長)が管轄する「業者」であり、それを戦地の慰安所まで連行し、「慰安所」を「経営」するのは軍が管轄する「業者」にする、という具合である。理由の第1は、国民に「軍の了解」を隠すためだ。


「業者の活動」が軍の了解がないように偽装するために、内務省警保局は、細心の注意を図っている。例えば同年11月8日の文書には「内地より(台湾の)高雄までの費用は引率者負担」という指示がある。これは民間の船賃は「業者」が形式上負担して、船会社に軍務であることを悟らせない工夫であろう。


こうした工夫はいたるところにある。同年11月8日の文書に知事が「業者」を選定する場合について「何處迄(どこまでも)経営者の自然的希望に基く様取運び之を選定すること」とある。「業者」は、軍や知事の手先なのに、国民には自発的に動いているように見せよと、細心の注意を促している。


1940年ごろから国家総動員法が本格的に発動されてくると、内地の知事・警察に雇われた労務供給業者が、男性労務者を植民地・朝鮮から大量に強制連行するようになる。同時に、朝鮮からの「慰安婦」連行が急増してくると、労務供給業者は、その連行も兼任していった。それが労務報国会となっていく。


1938年11月8日の内務省警保局長の通牒「南支方面渡航婦女ノ取扱ニ関スル件」は、大阪、京都、兵庫、福岡、山口の5つの府県知事あてのものであった。軍の要請に基づき約400人の「慰安婦」を南支(中国南部)の慰安所に送れというものだったが、この指示はこれで終わらない注記がある。


最後の「庁府県長官(大阪、京都、兵庫、福岡、山口の各府県を除く)あて」と明記された文章である。「別紙の通右府県(5府県)に通牒致候に付ては或は貴管下よりも右渡航に参加する婦女ありと思料するに付、予め御含置相成度為念申進候(おんふくみおきあいなりたく、ねんのためしんしんそうろう」


内地の「慰安婦」の募集地について、大都会で首都の東京府(東京の警察だけは、知事とは別の警視総監が管轄)が除かれているのが不思議ではあったが、将来的には、全国の各府県も、例外ではないよという警告である。慇懃無礼で、不気味な文章である。


本題に戻る。「業者」の持つ資金の出どころの考察である。これも、軍が管轄する前線・占領地の「慰安所」の「業者」と、内務省警保局(警察)が管轄する内地で「慰安婦」を集める「業者」とに2分される。前者は軍票であり、後者は日本銀行券である。この区別が考慮されない議論があるのは残念である。


当時の植民地・朝鮮で発行されていた朝鮮銀行券も、基本的に軍票の延長線にある。詳しい仕組みは研究中だが、この宗主国の内部で流通する日銀券と、占領地で流通する軍票の区別は、ネトウヨが宣伝する〝「慰安婦」は高給取りの出稼ぎ職種だった”というデマを暴く上でも、重要である。


軍票は、占領地など侵略軍の略奪を、あたかも市場経済での商品売買のごとくに覆い隠す手段だった。侵略国の農村を襲い、奪った農産物の対価として、高額の軍票を支払えば、一見、その無法さは覆い隠される。しかし、そうして占領地の住民に渡った軍票は、当然だが、住民の間では信用がなく流通しない。


皇軍慰安所では、使用済みの「花券」と交換されて「業者」に渡される「大金」は、軍票だった。「慰安婦」にはそもそも兵士から「花券」を受け取り、その額を借金総額から帳簿上差し引くだけであり、軍票すら渡らない。軍票は、占領地の一般市場では使えず、内地の日銀券との交換も制限されていた。


皇軍慰安所の「花券」を軍票に交換するところは「軍経理部」である。「花券」の仕組みは、1938年1月19日付で群馬県知事が内務大臣・陸軍大臣あてに送った内部文書「上海派遣軍内陸軍慰安所ニ於ケル酌婦募集ニ関スル件」に詳しい。いわく「花券(兵士用2円将校用5円)を」


「(承前)…軍で各兵士に配布之を使用した場合、吾々業者に各将兵が渡すこととし、之れを取纏(とりまと)めて軍経理部から其の使用料金を受取る仕組となつていて、直接将兵より現金を取るのではない、軍は軍として慰安費様のものから其の費用を支出する」。「業者」の資金は軍から支出されていた。


mineta chizuru
@MinetaChizuru
慰安婦に渡された軍票は軍の中だけで通用するポイント券か、おもちゃのお札みたいなものだったということですね。


その通りです。よく軍票のインフレ率が言及されますが、インフレ率云々以前に、「慰安婦」が占領地の市場で、まともな商品を買えるはずもなく、逆に敵側の発行する「紙幣」を所持するものとして、殺されかねない危険すらあったはずです。さらに、軍票は日本敗戦で、まったくの紙くずになりました。


次に、日本国内で活動した「業者」の資金を考える。内地の日本人女性を親から「買う」ための資金は、内務省警保局・知事が出す政府資金であり、日銀券である。資金不足が深刻化する戦時経済を背景に、女性の徴集は、資金の必要がない拉致・誘拐、あるいは植民地・朝鮮での強制連行に重点が移っていく。


日本軍の侵略戦争の拡大・泥沼化で、日本政府の資金不足はいよいよ深刻化し、内地の女性の人身売買による徴集はいっそう困難になった。「業者」による「慰安婦」徴集の場所が植民地・朝鮮に大きく変わったのも、日銀券の価値を維持しインフレを阻止したい日本政府の方針転換が背景にある。


「慰安婦」徴集の仕組みが内地から朝鮮に、あるいは、人身売買から暴力的な拉致・誘拐に、大きく変わる背景に、日銀券の価値の維持があったことを示す公文書を紹介する。1940年5月7日に閣議決定された内閣総理大臣指令「(極秘)渡支邦人ノ暫定處理ニ関スル件」である。その一部を引用する。


「客年(1939年)12月末迄に於ける本邦人渡支者の延人数は59万人に達する状態なり一方現地に於ける円系通貨(聯銀券、軍票等)の膨張著しく之が価値維持の必要上極力是等円系通貨の氾濫を防止するの措置を講ずるは喫緊の要務なる處…」。聯銀券も日本の傀儡政権が発行した紙幣で、軍票の一種。


この指令を受けて、内務省警保局長が1940年6月1日に通牒「「渡支邦人暫定處理ニ関スル件」を発出。中国から帰国し「婦女(芸妓、酌婦、女給等)の雇入」をする「接客営業者」について、えんぴつで「周旋業者の内地に於ける周旋は認めず」と書き込まれていた。周旋は植民地に限定したのである。


1940年7月22日、第2次近衛文麿内閣が成立。同じ日、外務大臣に就任した松岡洋右が記者会見で「わが国眼前の外交方針としては、この皇道の大精神に則りまず日満支をその一環とする大東亜共栄圏の確立をはかるにあらねばなりません」と「大東亜共栄圏」という言葉を初めて公式に使う。


当時の公文書「大東亜共栄圏建設対策」には「日本民族の職能的分布に関する措置」として次のような記述がある。「日本民族をして、その共栄圏指導者たるの位置を悠久無限に確保せしむるがため…日本民族の就業の増大を防止し、進んでは之を削減乃至禁止する措置を講ずるの要ある職業…接客業」。


続けてこの公文書は言う。「内地以外に於ては、…指導者及び緊要職別の外、極力現地人を採用し、尚ほ必要の場合、補佐的乃至(ないし)下士的位置には、半島人、台湾籍民、華僑等を極力活用すること」。こうして大東亜共栄圏建設のため、「慰安婦」は極力、植民地の女性にすべきとしたのである。


(以下、追加のツイートを現在、執筆中。少し、まとめてから、追加します)


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